日本有数の豪雪地帯に、なぜこれほど巨大なダムが造られたのか。高さ157メートル、最大6億トンの水をせき止める「奥只見ダム」は、日本の電力を支えてきた重要施設だ。だが、その建設は純粋な土木技術だけで実現したものではない。
背景にあったのは、戦前から続く深刻な電力不足と、江戸時代にまで遡る「川の奪い合い」。常識外れの難工事を実現させた事情とは? 人気YouTuberのもへじ氏による初の著書『ニッポンの土木 執念の難工事』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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日本最大級のダム
日本有数の超豪雪・山岳地帯の秘境にある、重力式コンクリートダムとして今なお日本一を誇る高さ157mのダムだ。堰き止める水の量は最大6億トンで、2007(平成19)年に岐阜県の徳山ダムに抜かれるまで日本最大であった。
ダムの足下には、日本初の大規模地下発電所を建設し、1961(昭和36)年7月から、最大出力36万kWという日本最大の一般水力発電所として操業を始めた。
その後、出力日本最大の水力発電所の座は、同時期に建設を進めていた田子倉ダム(田子倉発電所)に奪われたものの、2003(平成15)年に再び返り咲く。満々と水をたたえたダムのど真ん中に穴を開けるという工事により、発電所を1.6倍の56万kWへ増強したからだ。
日本記録は発電だけに留まらない。初期の工事現場は労働基準監督署が激怒するほど過酷な環境だった。しかしその後は、発注元の電源開発やゼネコン各社の必死の努力によって改善され、最終的に無災害の日本記録を相次いで樹立し、戦後の日本の土木工事の見本となった。
こうした数々の日本記録を残した奥只見ダムだが、なぜこれほど大規模なダムの建設工事を1950年代から行う必要があったのだろうか。
それは1億人の未来がかかった、戦前から続く日本の激しい電力不足にあった。


