奥只見ダムがある只見川は、途中で阿賀川などと合流して名前を阿賀野川と変え、日本海へ注ぐ一級河川である。只見川の水を巡る奪い合いが起こった原因は、只見川の経路と源流にあった。

 只見川の上流は新潟県と福島県の県境となっているだけでなく、源流の尾瀬ヶ原・尾瀬沼は、群馬県・新潟県・福島県の県境となっている。つまり、新潟・福島・群馬の3県が、水、そして川沿いに広がる地下の鉱物資源を使う権利を持っているのだ。

(画像:彩図社作成)

川の奪い合いが発生!

 只見川は水が豊富な尾瀬を水源とし、越後山脈の山あいを激流となって流れる、水力発電には最適の場所である。しかも、地下には銀の鉱脈まであった。この豊富な水と銀を求めて、只見川の奪い合いが発生したのだ。

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 今から約400年前の江戸幕府3代将軍・徳川家光の時代、只見川を挟んだ高田藩と会津藩の間で最初の争いが起こった。きっかけは、ちょうど奥只見湖の真下にあたる場所(当時は川岸)に上田銀山が見つかったことだ。奥只見湖の別名が銀山湖で、県道の愛称がシルバーラインなのは、この銀山が由来となっている。

この湖の真下に、大量の銀が眠っている(写真:筆者提供)
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