ダム誕生までの3つの段階

 奥只見ダムの歴史は、主に3つの段階に分かれる。

(1)只見川の水を巡る3地方の奪い合い
(2)奥只見ダムの建設
(3)奥只見ダムの増強工事

 ダム建設の問題といえば、群馬県の八ッ場ダムや熊本県の川辺川ダムのように、水没する地域住民の反対運動が思い浮かぶかもしれないが、奥只見ダムの場合は違った。

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 奥只見ダムに関する問題は、関東・新潟県・福島県が、県境に跨る水や鉱物資源を巡ってケンカをしたことから始まっている。

 その対立の歴史は長く、なんと江戸時代から続いている。只見川の電源開発で起きた諸問題をまとめた本が出版されているが、573ページという分厚い電話帳のような本となっていることからも、その根深さがわかる。

(画像:筆者提供)

 そして、奥只見ダムの工事で特筆すべきは、完成までの過程である。工事自体も黒部ダムに匹敵すると言っても過言ではないほどの難工事であったが、難所はそれだけではない。

 ダム建設までの話し合い(それも水没する地域の住民に対する補償ではなく、利権を巡る行政同士、電力会社同士の対立)や、ダムおよび発電所本体を造るための予備工事も困難を極めた。