プロスケーターの宮原知子さん(27)。現役時代は抜群の安定感から「ミス・パーフェクト」と呼ばれ、2018年平昌五輪で4位入賞、全日本選手権では2014年から4連覇を果たすなど、日本女子フィギュア界のエースとして活躍した。2022年の引退後はアイスショーや振付で活躍する宮原さんに、現役時代を振り返って思うこと、現在の生活について伺った。(全2回の2回目/はじめから読む)

プロスケーターの宮原知子さん ©細田忠/文藝春秋

◆◆◆

努力家の「ミス・パーフェクト」

――現役時代は、全日本選手権で4連覇したのをはじめ数々の国際大会で活躍し、芸術品のような華麗な演技から「ミス・パーフェクト」と呼ばれていました。

ADVERTISEMENT

宮原知子さん(以下、宮原) ありがたいですけど、そう呼んでいただくたびに、「それはないやろ!」とずっと思っていました。ミスを一つもしなかった試合はほとんどなかったですから。ただ、「ミス・パーフェクト」と形容していただく以上は、その言葉に近づこうとしていました。

――宮原さんと言えば、ストイックな努力家としても知られていますよね。

宮原 練習は手を抜かなかった、と言えるとは思います。私の生真面目な性格のせいでもあるんですけど、練習中に課題が見つかったり、この部分をもっと詰めたいと思ったりすると、その日のうちにやってしまわないと気持ち悪くて……。寝る時に、「今日もやりきった!」満足して眠りにつきたかったんです。

――音楽と一体化したような演技力も評価されていますが、それは練習で身につくものですか? 

宮原 私はそれほど感性が高くないと思っています。ただ、スケートを始めたころは両親の仕事の関係でアメリカに住んでいたんですけど、『ライオンキング』などのミュージカルやマジックショー、シルク・ドゥ・ソレイユなどによく連れて行ってもらっていたんです。

 

――子供の頃から『本物』に触れていた経験が、宮原さんの卓越した表現力に繋がっているんですね。

宮原 どうでしょう。両親には申し訳ないけど、あまり身につかなかった気が……(笑)。私はそれほどリズム感がよくないんです。だから、選曲するときに曲を深く理解することから始めました。プログラムを構成する際、音楽の背景、作曲家の心情、時代背景などを勉強して分析し、自分なりに理解した上で表現するという手順を踏んでいました。

 だから私の表現力って生まれ持った感性ではなく、勉強して、後から身につけたものなんです。でも、この過程を踏んできたことが、引退した今、振付を依頼されるときにすごく役立っていますね。