妻を守るために小泉八雲がとった“行動”

 セツは八雲と暮らすようになり、「洋妾」と後ろ指をさされたそうです。それが本当につらかった、とセツは後年、明かしています。西洋人の妾になると、日本人の妾以上に偏見を持たれたそうです。

 幼い頃に母親と生き別れた八雲ですが、若い頃には離婚の苦い経験もあり、40歳にしてようやく得た伴侶です。家庭を築いてゆくことが何よりでした。自らのことはともかく、セツが心ない視線にさらされるのは耐えがたかったのです。

 肩身の狭い思いをしている妻への目配りは利いていました。松江を去ってからのことになりますが、自らの家に寄宿させ、面倒を見ていた少年が洋妾の唄を歌ったのを聞きとがめ、実家に送り返した、という話も伝わっています。

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(左から)小泉八雲、一雄、セツ ©GRANGER/時事通信フォト

 セツからすれば、故郷は愛憎相半ばするところだったでしょう。多感な少女時代に、育った家が零落して進学もできず、住んでいた家からも追われ、働きに働かざるを得なかったわけですから。

 セツは古くからの思考が生きる城下町の松江より、後に長く住んだ東京の方が落ち着いて暮らせました。首都の無名性の中で、のびのびできた人です。もちろん、郷愁の念は抱きつづけていたと思いますが。

次の記事に続く 「あのような善い人です、あのような病気参ります」小泉八雲と親友が過ごした“最後の夏”…『ばけばけ』吉沢亮演じる錦織に待ち受ける運命とは?

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