小泉八雲と妻・セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』。松江の没落士族の娘と、アメリカからやってきた新聞記者。言葉も文化も異なる2人が、互いを慈しみ合い、怪談の世界を紡いでいく姿は多くの視聴者を魅了している。
しかし、ドラマでも描かれている通り、当時の2人の前には「外国人への偏見」という非情な現実が立ちはだかっていた。
八雲とセツのひ孫で、小泉八雲記念館の館長を務める小泉凡氏が語った『セツと八雲』(朝日新聞出版)より、5回にわたって抜粋。今回は、「外国人」である八雲と結婚したセツが実際に体験した差別のエピソードを紹介する。(全5回の4回目/続きを読む)
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「海岸で血を飲んでいた」とデマを流されたことも…
セツと八雲の出会いの場になった松江ですが、いいことばかりでもありませんでした。
外国人の姿は極めて珍しかった明治時代です。いきおい松江で暮らしたセツと八雲への偏見は、今では想像もできないほど厳しいものがありました。
国際結婚というと、現代でこそある種のステータスを伴いますが、その時代は日本人と外国人との結婚は「雑婚」と言われ、ネガティブな印象を持たれたものでした。
雑婚はmixed marriageなどの訳語で、西洋の社会では国籍の違いは問題にならず、人種と宗教の違いが「雑婚」とされました。長い間、鎖国が続いた日本では明治になっても、人種だけでなく、「国」の違いが否定的にとらえられた格好ですね。
松江で八雲が住んだ界隈は「赤鬼が住むから近づくな」とささやかれたこともあったそうです。僕自身も八雲が旅をした鳥取・八橋や隠岐諸島で、「八雲とおぼしき外国人が海岸で血を飲んでいた」という、似たような話が今に至るまで残っていることを知りました。おそらく赤ワインか何か飲んでいたのでしょう(笑)。
赤鬼という言葉は、異界から来た人、というニュアンスが感じられます。
明治の社会では、外国人はともすると、そうした得体の知れない存在だったのでしょう。それに来日したばかりの八雲が知事に次ぐような高給取りだったことが、地元の人々に複雑な感情を招いた面もあるようです。




