3度目の結婚を前に、姓の変更をめぐる理不尽に直面した漫画家・鳥飼茜さん。改姓のたびに発生する煩雑な手続き。「選択的夫婦別姓」制度が実現してくれていれば、こんなことにはならなかったのに……。姓に翻弄される半生と結婚の傘のもとでの男女の力学が綴られたエッセイ『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』より、年下の新しいパートナーとの対話から見えてきた考察が書かれた箇所を、一部抜粋して公開します。

 同世代の男性との関係で繰り返されてきた摩擦や対立が、なぜこの関係では生じにくいのか? その理由をたどると、「同世代の男女は同じ世界を見ている」という前提そのものが間違っていたことが見えてきた。

◆◆◆

ADVERTISEMENT

同世代の男性と付き合うことがフェアだと思っていた

 冒頭からお話ししている通りに私は3度めの結婚を企てている。

 相手とは、付き合って3年ほど経つ。めちゃくちゃ普通の会社員である。

 簡潔にいうとそれだけの人なのだが、この3年間の間に、あらゆる気づきをくれ、あらゆる解放を手助けし、今こうして自分が自分の出来事を文字にできているのは彼のおかげだ。

 たった一人の人にここまでポジティブな変身を促されたことを思うと、とてつもない人物だと再認識せざる得ない。

 じつは私と彼とは、結構な歳の差がある。私の方が年上で、そしてそれはあまり人前では言いにくかった事実だ。

 年の差恋愛を生理的に嫌がる人もいるだろうし、わざわざ言うようなことでもないだろ、と思う気持ちは私にもあるにはあるが、ちょっと聞いてほしい。

 なぜなら、ここまでの人生でずっと男性との間で繰り返してきた摩擦が今の関係では不思議なほど影もなくなり、それこそデザートとは言わないが、白ごはんと味噌汁のように当然のような平穏さの中で過ごせているのが、もしかしたら年齢差が一つの要因でもあるかもしれないからだ。

クリムト『接吻』。12歳年下のパートナーを描いたと言われている。クリムトのように男性年上の年齢差カップルは大昔から多いものだが、現代ならば逆の構図も描かれるだろうか?Gustav Klimt, Public domain, via Wikimedia Commons

 これまで付き合ってきた男性は全員が同世代だった。

 開いても3歳差。明快に理由があって、その方がフェアだと思っていたからだ。

 そもそも男女は非対称な部分が多くて、私は少なくともプライベートな場での公平を望んでいたと思う。

 その思いで、なるだけカップル間の地面を(なら)したかった。同じ年齢の地面に立ち、同じものを見てきただけ、その分公平さが増えるものだと思っていた。

 私は公立の共学育ちで、だから同い年の男の子たちとずっと肩を並べて、同じことを教わり、大きくなった。

 だから純粋に、自分が男女同等の権利を願う、その思いは同じだけ、同じ年頃の男の子たちにもあるとばかり、思ってきたのだ。

『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋)