ルイス・クー主演『私立探偵』(第21回大阪アジアン映画祭などで上映)が話題のジョナサン・リー監督は、数多の香港映画の名監督たちに師事し、その現場を踏んできた。

 数々のエピソードを明かしつつ、こう言う。「今こそ香港映画の最も面白い時期ではないかと感じている」――。(全2回の1回目/後編を読む

ジョナサン・リー監督 ©OAFF EXPO2025-OAFF2026

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事務所の雑務からキャリアをスタート

 すべてはイー・トンシン監督の事務所のスタッフ募集から始まった。僕は最初、何も深く考えずに面接を受けに行った。採用されてからは、まず事務局の雑務ばかりをやらされた。彼が『男人四十』(02年)という映画をプロデュースした時、「君は映画の中で何を一番やりたい?」と聞かれた。映画の現場に行ったことがなかったし、大学で映画を勉強したこともなかったので、僕は「映画について何も知らない」と答えた。すると彼は「映画の現場進行をやってみるのがいい」と言った。

 観客が観るカットは短いかもしれないが、実はそこに至るまでかなり時間をかけて撮影していたことを、現場に入ってから初めて知った。これを知ったとき、とても興奮した。初めて映画という世界に触れたのだと思った。その世界の扉を開いてくれたのは、イー・トンシン監督に違いない。

 その後、彼がプロデュースした『カルマ』(02年)では製作スタッフを務めた。メインの仕事は主演のレスリー・チャンのアテンドだった。俳優の世話をするのは大変だったが、とても楽しかった。でも、自分はやはり製作部よりも演出部が好きなのだと分かった。なぜなら、俳優に芝居やカメラワークのことを説明したりする中で、現場の面白さを肌で実感できたからだ。助監督になりたいと決めた。

「現場は地獄だ」と学ばされた監督

 助監督になるという希望は、アンドリュー・ラウ監督、アラン・マック監督、脚本家フェリックス・チョンのチームに入ることで叶った。彼らの『インファナル・アフェア』(02年)や『頭文字D THE MOVIE』(05年)の現場を通じて、映像製作とは何かを学んだ。例えば、脚本をもらってから、その内容をどうやって具体的な製作プランに落とし込み、演出していくか。机上の空論ではなく、現場で手作りしながら実現していく、そのやり方を3人から学んだ。

 その後はソイ・チェン監督に付くことになった。彼からは「現場は地獄だ」と痛感させられた。まだ覚えているが、『愛・作戦』(04年)の撮影のとき、午前中にクライマックスの爆発シーンを撮影したあとのランチタイムに、監督はご飯を手早く済ませてすぐ助監督の僕を呼び、「午後はさっきのシーンをやはり撮り直したほうがいいんじゃないか」と相談してきた。彼はどんな時でも、撮影したものが面白いかどうかを考え続けていた。その“熱中”は自然にスタッフにも伝染して、「一緒にもっと面白いものを作ろう」と思うようになった。