女性向け風俗、通称「女風」が注目を集めている。コミックエッセイが話題になりドラマ化されるなど、現代における女風の存在感は確かなものとなってきた。だが、平成の時代には女風は広まらなかった。なぜだろうか。その歴史と変遷について、ノンフィクションライター・高木瑞穂氏の新刊『ルポ 風俗の誕生』(清談社Publico)のダイジェスト版をお届けする。

短命に終わった女性用風俗の歴史

 女風のルーツは江戸時代の「陰間(かげま)」にまでさかのぼる。陰間は「表舞台に出ない役者」を意味する「陰の間」が語源で、禁止された若衆歌舞伎の若手役者が売春をはじめたことに由来している。

 平成時代に入ると、1994年に東京・吉原に日本最古の女風「クイーン」が誕生した。「逆ソープ」を謳うこの店は、女性経営者によって運営され、「お客さんにアルバムを見せて、好みのタイプを選んでいただきます」というシステムだった。しかし「1年も経たずに閉店しました。一般女性はもちろん、ソープ嬢でも吉原を歩くのは憚られました。時代が早すぎたんだと思います」と写真家の樹水駿さんは語る。

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 その後、2007年に福岡・中洲に女性向けソープランド「CC.Club」がオープン。こちらもマスコミに取り上げられたが、わずか9ヶ月で閉店となった。中洲の風俗関係者によれば「同ビルのテナントはすべて男性向け風俗店で、デリヘルのようにプライベートが確保されていないため女性が遊びにくい状況にあった」ことが理由という。

派遣型の女風が急増した理由

 転機が訪れたのは2017年。大阪に誕生した女性専用マッサージサロン「ハミング」を皮切りに、派遣型の女風が急増していった。スパホワイトグループ代表のあす香さんは「ただのマッサージだったのに、久しぶりに女性扱いされた気がしました。その肯定感から幸福と感動を覚えた」と、自身の体験から女風開業に至った経緯を語る。

 このブームを後押ししたのが松坂桃李主演の映画『娼年』の公開だ。あす香さんは「女性も欲求をむき出しにしてもいい。そう教えてくれるような映画でした」と評価する。

写真はイメージ ©getty

 さらに、女風のデリヘル化によって女性利用者のプライバシーが確保されるようになり、開業コストも50万円程度と低く抑えられるようになった。しかし、あす香さんは「男性向け風俗と比べて市場規模が3分の1以下で儲けは少ない」と指摘する。

 男女の生殖機能の違いが、需要の差を生み出している面もある。男性のように短期間でリピートする客が少なく、女性客のリピートは「早くて2週間後」だという。こうした構造的な違いが、女風ビジネスの特徴となっている。

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