向田作品で最も刺さったのは……

 たとえば、花見に出かけたとき、感じのいいカップルを見かけた。二人は女性の手作りらしいお弁当を広げたが、どうやら醤油を忘れたらしく、なんと女性がゴミ箱を漁って捨てられた折り詰めからプラスチックの醤油入れを拾い出し、男に手渡した。それを見ていた邦子さん、「大したものだな、私には出来ないな」とびっくりして帰ってきたのだが、いつもは他人の弁当箱をのぞくのが習慣なのに、「肝心のおかずを拝見するのを忘れてしまった」と。どこまでユーモア溢れる人なのだろうか。

 あるいは蜆の味噌汁を食すとき、蜆は成長が遅いため「でかいのだと60年は経っているんだよ」と物知りの同僚に言われたことがあとをひき、「小指の爪ほどの小さいのでも、私と同い年ではないのか」と気に病む。サラリーマンが肝臓にいいからと昼食に蜆の味噌汁を選り好みしていたら、日本の蜆は全滅するとその将来を憂う。全編に通底するユーモア、やさしさ。人間くささ。時にピリッと香辛料が効いているのもやめられなくなる特徴だ。

 どの話も心くすぐるものばかりだが、最も刺さったのは「ごはん」という題名の一編。空襲下の家族を結びつけるご飯の思い出に平和を希求する祈りが込められる。滋味深い食事を終えたような読後感。ごちそうさまでした。また、食べたいな。

次のページ 写真ページはこちら