「ショート(60分)2万円、ロング(夜11時から翌朝まで)は4万円。置屋ではなく、女の子の部屋でする。これがこの島での売春のシステムですわ」(佐津間さん)
その話の流れから娼婦と、娼婦が暮らすアパートで朝まで過ごした10年前に思いをはせる。
ヤクザとのパイプ
佐津間さんが続ける。
「どういうわけか四国や九州の人間が移り住み置屋商売をはじめたんですわ。島いちばんの有力者、『恋の坂』の大将のKさんなど、みんなそうですわ。そのKさんはじめ、売春で稼いでカネを持った商売人が、島の人らによくカネを貸しよった。そのカネでみんな、各々商売をはじめてね」
四国や九州からの移住者が置屋商売で財を成し、島は発展。さらにわかったのは、娼婦からはじめて置屋「青い鳥」「パラダイス」、大型ホテル「つたや」と一代で築き上げた女帝・岡田雅子さんの存在だ。Kさん同様に四国か九州からの移住者だというが、詳しくは語られなかった。
確かなのは、ヤクザ組織のA組とのパイプがあり、そのルートでどこよりも日本人の娼婦を多く抱え大いに繁盛したということだ。
どんな経緯で四国や九州から移住し、そして売春島は形成されていったのだろう。
佐津間さんと別れ、東京へ飛ぶ。その成り立ちを探る旅は、国立国会図書館で古い住宅地図を広げることからはじまった。
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