『宇宙にヒトは住めるのか』(林公代 著)

 旅行や出張なら「滞在」でいい。しかし生活の基盤をその土地に置くとなれば、それはもはや「居住」と呼ぶべき段階に入る。日々の営みや記憶が積み重なり、それ故に帰るべき場所と認識されてはじめてそこは居住地と言える。ヒトは地球以外、たとえば月で居住できるだろうか。

 著者が探るのは生活のディテールだ。たとえば食。政府の事業で今、月面農場で育てる作物を8種選び、効率的かつ人手をかけずに育てるための技術開発が進行中だという。イネ、ジャガイモ、サツマイモ、ダイズ、トマトなどいかにも栄養面で重要な作物に混じり、イチゴも対象だ。嗜好性の高い果物だが甘さ、香り、色などの感覚が人の気分や意欲、さらには集団の雰囲気に好影響を及ぼし、ストレス対策になる。そんな理由から月で育てるべきだと評価されたという。

 住まいのデザインもまた安全性、機能性の追求一辺倒ではない。2030年代の宇宙建築の実現を目指す竹中工務店が構想する居住基地「Lunar COSMOS」はブロックを三角形に連結し、花弁状に組みあわせて居住ユニットを形成する設計で、1ユニットには2階建ての8人の個室がある。注目されるのは、心の問題まで考慮した設計がなされていることだ。トイレを遠くに配置するのは、全員の個室の前を通ることで自然に人と人の交流を生むため。居住ユニットから少し離れた場所に一人で過ごせる部屋を用意するのは仲違いを未然に防ぐ、あるいは喧嘩が起きても悪化させないためだという。

ADVERTISEMENT

 本書の巧みさは、工学的な技術の話を「住む」感覚へと翻訳しているところにある。2040年代、月で働くある女性を主人公に、起床から就寝までの1日の様子をシミュレートしてみせるパートはまるで月面移住パンフレットだ。《ベッドから出て下の階にジャンプ、月面活動用のちょっと重いシューズを履いてコモンスペースへ。(略)今日は週末、同じコミュニティの8人でごはんを食べる日。楽しみにしていた地球見だんご&ずんだ餅パーティー。騒ぎすぎて、お隣のブロックに迷惑をかけないよう、ハッチがちゃんとしまっているか確認を忘れずに》。筆者はあまり引っ越し好きではないが、チャンスがあるなら月に住んでみたい気がした。

 もちろん放射線の防護、資源循環、食料生産の自動化、医療などの課題は山積みだ。だが本書を読むと宇宙に住むための問題点が一つ一つ洗い出されつつあることがわかる。《宇宙に行くことは地球の課題から目を背けることではなく、むしろ地球を見直し、解決策を見出すための営みでもある》。極限環境で生活を成り立たせるための知恵は災害、医療、農業にも転用できる。宇宙に住めるかは、地球にどう住みつづけるかという問いに繋がっている。

はやしきみよ/㈶日本宇宙少年団情報誌編集長を経て2000年に独立。以来、宇宙関連の話題(宇宙飛行士、宇宙関係者へのインタビュー、NASA、日本のロケット打ち上げなど)を幅広く取材している。著書に『宇宙就職案内』、共著に『さばの缶づめ、宇宙へいく』など多数。

みどりしんや/サイエンスライター。著書に『超・進化論 生命40億年 地球のルールに迫る』(NHKスペシャル取材班との共著)ほか。