京都大学特別教授の北川進氏が2025年のノーベル化学賞を受賞することが決まった。北川氏が長年にわたり研究してきた多孔性材料は「MOF(金属有機構造体)」または「PCP(多孔性配位高分子)」とも呼ばれ、気体を吸着する機能性を持つことから、資源の貯蔵・分離での活用が注目されている。
とりわけ、北川氏の開発した多孔性材料は“柔らかさ”に特徴があるという。サイエンスジャーナリスト・緑慎也氏によるインタビューを一部紹介します。(初出:文藝春秋2013年9月号)
柔らかい多孔性材料
従来の吸着剤では、高い圧力をかけて目的の気体を充填させた後、かなり圧力を下げないとその気体を放出させることができなかった。そうなると、吸着と放出のたびに圧力を大きく上げ下げせねばならず、そこに大きなエネルギーを投入しなければならない。なんとかわずかな圧力の変化で効率よく吸着と放出をコントロールできないか。
そこで北川らが考えたのが柔らかい多孔性材料だ。
「これまでのような硬くて丈夫なものではなく、取り込む相手に合わせて変化する多孔性材料があってもいいんじゃないかと考えたんです。ヒントになったのは赤血球です」
体内に取りこまれた酸素を肺から各組織へ運ぶ役目を担っているのは、赤血球に含まれるヘモグロビンだ。ヘモグロビンには効率よく酸素を運ぶ使命がある。だから、ただ酸素を吸着するだけでなく、必要なとき、必要な場所で放出しなければならない。実際、ヘモグロビンの放出効率は高く、ほんのわずか圧力が変化しただけで、多くの酸素をパッと放出することができる。
そこで北川らは、ヘモグロビンをヒントに、2種類の層状の構造を持った骨格を組み合わせ、層がズレて動けるような多孔性材料を開発した。
「これにガスを入れて圧力をかけると、閉じていた孔が開いて取りこまれる。少し減圧すると、孔が閉じてガスが放出される。孔が開くときの圧力を『ゲート圧』といいます。天然ガス(メタン)、酸素、窒素、二酸化炭素など分子の種類によってゲート圧が違うので、これを適宜調整すれば、それぞれの分子を分離できます。我々の材料は、相手の分子に合わせて、ゲート圧の大きさを変えるから、非常に効率よくガスを分離できる。
