「もう、どこの銀行でも口座は開設できる」――その一言が、男の5年を報いた。
暴力団を離れ、うどん屋として再出発した元幹部。しかし火災保険にも入れず、口座も作れない“見えない制裁”に苦しみ続けた。
日本で初めて壁を破った瞬間と、その裏側にあった周囲の支えを、ノンフィクション作家で社会学者の廣末登氏の新刊『ヤクザが消えた裏社会』(筑摩書房)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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銀行口座が作れない
それでも、火を使ううどん屋なのに火災保険には入れないし、銀行口座も作れないから仕入れはすべて現金で取引しました。
「それは決まりだから仕方がない」とNさん。しかし、将来については不安が付きまといます。たとえ暴排条例が定める離脱から5年が経過しても、対応は企業ごとの判断によると聞かされていました。実際に、何年たっても銀行口座がつくれないなどの事例が報告されています。
2019年が終われば離脱から「おおむね5年」になるが、本当に制限がなくなるのか――「僕らはマイナスからのスタートになりますが、ずっとマイナスのままなんでしょうか。誰も見てくれないということだと、希望が持てないというのはあります」と、筆者に不安を語っていました。
日々の商いに一生懸命なNさんを、筆者だけではなく町内の方々も応援していました。
このままではいけないと考えた筆者も、Nさんが抱く不安を解消すべく、また、真正離脱した「元暴」の社会的制約を解除するために自分に可能な限りの行動をしました。当初は、筆者が、土砂降りの雨の中、暴追センターにNさんの口座開設をお願いしにいっても、そこの職員から相手にもされませんでした。
