全国でホテルチェーンを展開するアパグループの創業者・元谷外志雄会長が、2月11日に呼吸不全により死去した。享年82。グループ総資産1兆円とも言われる“ホテル王”の知られざる私生活とは――。
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通信制の大学に通いながら就職
「お前は織田信長の生まれ変わりだから」
石川県小松市で生まれた元谷氏は、誕生日が「本能寺の変」の翌日だったことから、両親にこう言われ続けて育ったという。小学校の卒業文集に書いた「将来の夢」は〈世界連邦大統領〉。志の高い少年だった。
だが、中学2年で父親が結核で急逝。そこからは6人きょうだいの長男として、父に代わって家計を切り盛りするようになる。
「くず鉄回収などで小遣いを稼ぎ、進学校として有名な県立小松高校に入学。家計の厳しさから大学は通信制を選択した」(地元関係者)
大学入学と並行して地元の信用金庫に就職。その頃知り合ったのが、後に「私が社長です」の看板広告とド派手な帽子で一躍有名となるアパホテルの社長・芙美子夫人(78)である。
「芙美子さんと結婚した翌年の1971年、27歳で独立した元谷氏は、住宅販売会社を設立。84年にホテル事業へと進出するのです」(経済誌記者)
“逆張り”の経営手法で事業を拡大
元谷氏はどのように事業を拡大していったのか。その経営手法のポイントは“逆張り”だという。
「バブル期に誰もが土地を買い漁る中、次々と売って米国映画や飛行機産業に投資。儲けた金で、バブル崩壊後に競売物件を次々と落札し、駅前の土地や銀行跡地を各地で安く手に入れていった」(同前)
これが大当たり。全国に展開するアパグループのホテルは1000を超え、客室数は約14万室にものぼる。
「6年前の経済誌のインタビューで、元谷氏は『200億円まではポケットマネー』、『(会社の)資産は1兆3000億円以上ある』などと豪語。有り余る資産の使い途について、『一線を越えると使い切れない』とも語っていました」(同前)

