青い空、白い砂浜。キラキラと光る太平洋を眺めながら、入り組んだ海岸線を運転している。雄大な美しい景色に加え、ここには歴史ある温泉も湧き出るようだ。あたりには巨大なホテルや広い駐車場が並び、多くの観光客が訪れることを示唆している。
岩場に波が打ち付ける海岸沿いから、穏やかな湾内に入ると、今度は漁船や養殖場の姿が見える。オフシーズンで静まり返った街並みは、海辺ののどかな田舎町と変わらない。
突然目の前に現れた「巨大な城」
堤防沿いをのんびり走っていると、突然海の向こうに巨大な城が現れた。
なんだあれは!?
無視できない存在感に私は、一瞬にして目を奪われた。路肩に停車させると、急いでカメラを構える。
青空に映えるオレンジ色の大きな城は、あたかも海に浮かんでいるようにも見える。一見して西洋風だが、どことなく東洋風でもある。そもそもこの街並みの中で、明らかに浮いていることは間違いない。
なんだったんだあれは?
調べると、城の正体は「ホテル川久」ということがわかった。1991年、バブル絶頂期に誕生したもので、もともとは「旅館川久」として1949年に創業した建物。
当時から私設雅楽団を持ち、連日雅楽を上演したり、猿芝居や、日本で初めての生バンド付きカラオケを開催し、多くの客で賑わった。昭和天皇や皇族も宿泊した歴史があり、このあたりでは屈指の木造純和風旅館だったという。
伝統、情熱、ロマンが凝縮された唯一無二の城
1989年、創業40周年を機に2代目社長とその妹は、今までにないホテルを作ろうと、「世界の数寄屋ホテル」を目指して全面建て替えを実施した。
世界中から高価な材料を集め、一流の職人を呼び、最高級の家具と調度品を取り寄せた。夢と理想を追い続けた結果、総工費400億円、建設期間2年。ついに伝統、情熱、ロマンが凝縮された唯一無二の城が完成した。
それがホテル川久だ。
まるでわがままな王様が作らせたような城が、実際に存在するなんて信じられない。おとぎ話のようだ。
1991年開業当初のホテル川久は、セレブ向けの会員制高級ホテルだった。会員権は個人で2000万円から、法人は6000万円から。宿泊は1泊10万~60万円。当然全室スイートルームである。
しかし会員権の販売数は伸び悩み、客室稼働率は20%台と低迷が続いた。そして1995年、贅を尽くした夢の城は約400億円の負債を抱え、わずか4年で経営破綻となる。そこから3年が経つ頃、北海道に多くの温泉ホテルを持つカラカミ観光に30億円で買収された。
そのおかげで現在は、当時のままの最高建築と調度品を、誰でも比較的リーズナブルに利用できる。