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皮膚から侵入した寄生虫が血管を詰まらせる奇病 「日本住血吸虫症」を根絶に導いた医院を探索すると…

2021/05/11

 かつて日本では、日本住血吸虫という寄生虫が、人の皮膚から体内に侵入することで感染する病気が流行っていた。その病気は日本の中でも、広島の片山地区(現在の福山市の一部)、九州の筑後川沿岸、千葉の利根川流域、山梨の甲府盆地一帯などの、ごく限られた地域にのみ存在していたため、「地方病」と呼ばれていた。

寄生虫が産みつけた卵で血管が詰まる奇病

 日本住血吸虫は、皮膚から体内に侵入したあと、肝臓につながる血管内に寄生し、毎日数千個の卵を産む。卵が血管を詰まらせることで、さまざまな症状を引き起こす。

地方病で現れる症状を紹介したポスター ©あさみん

 地方病に感染した患者の中には初期症状だけの軽症で治まるものもいた。しかし、感染が重なり慢性になった重症の場合、時間の経過とともに手足がやせ細り、皮膚は黄色く変色、やがて肝硬変から黄疸が出て腹水がたまり、腹部が大きく膨れ、介護なしでは動けなくなり亡くなった。脳に影響が出ると、痙攣や麻痺、失語症などの重篤な脳疾患を引き起こすこともあった。また、成人前のこどもが感染すると、成長がとまってしまうこともあった。

“甲府盆地に生まれた人間の宿命”と恐れられた

 特に甲府盆地底部一帯は日本国内最大の流行地帯であり、特に稲作農民ばかり発症していたため、稲作農民の生業病、甲府盆地に生まれた人間の宿命とまで言われていた。

 また、ヒトだけでなく牛や馬、犬猫も罹り、重症化すれば治らないことから、流行地へ嫁ぐ娘は死を覚悟しなければならないとされていた。

 400年以上前に書かれた歴史の記録からも、武田信玄の家臣がこの病気にかかっていたとされ、甲府盆地では古くから恐れられていた。

風光明媚な甲府地方 ©あさみん

 地方病根絶までには多くの人々の地道な調査・研究がおこなわれ、1881年(明治14年)に住民が地方病の調査依頼を出してから、1996年(平成8年)に終息宣言が出されるまで、115年もの非常に長い年月を要した。

 私は古い建物を見るのが好きで、旅先を選ぶ際「○○市 レトロ」で検索する。

 今回は甲府の街を散策しようと思い、「甲府市 レトロ」で探していると、山梨県内にあるレトロモダンな建物を紹介するサイトで、「杉浦醫院」という場所が見つかった。古い医院が昔と変わらない状態で保存されており、院内も見学できるようだ。

 こんなところがあるなんて知らなかった。雰囲気も良さそうだし、ぜひとも行ってみたい。