「声を失った役」を演じて感じたこと
——言葉を話さないという役で、苦労した点や難しさなどはありましたか。
北村 大地は物理的に(耳は)聞こえています。自分にとっては、ものすごく新しさがある役でした。でも、そこに難しさがあったかというと、そういうことでもなくて。 役者として何かを制限されると、逆に他の感覚に無限の可能性が広がるのを僕自身も感じます。普段、聞こえない風の音が聞こえたり。僕は今回、「雪に音がある」という感覚がすごくありました。
また、宮沢(りえ)さんや永瀬(正敏)さんなどの人物に対してもそうだし、新潟の景色だったり、車を走らせてガラス越しに見える道路の小ちゃい石とか、そういう一個一個が、ものすごい鮮明に残っています。それは大地でしか感じえなかったことだし、声を失わなければ、北村匠海としても得られなかった感覚なのかなと思います。僕は「演じることに難しさを抱いてはいけない」という思いが、自分の中にあるようです。「難しい」という考えが、ものすごく「自分過ぎる」というか、一気に技術的になって、すごい冷めてくるから……。そういうことではなくて、大地としてどう生きるかということを考えた時に、難しさということではない感覚を、色んな景色だったり、現場の空気から補うようにはしていました。
——ベルリン映画祭はどういう存在ですか。今回の経験から何を持ち帰りたいでしょうか。今後の仕事や人生にとってどういう位置づけになりそうですか。
北村 世界三大映画祭と言われるベルリンは、僕の認識では歴史があって、昔から愛され続けてきた映画祭。街全体が祝福している空気感が漂っていました。街全体がすごく映画という文化を好きであるのを感じたんですね。そういう中で、『しびれ』という邦画が選ばれているというのは、すごく喜ばしいことです。でも、これを自分の個人の思いとして、「日本に持ち帰る」という感覚は、まだありません。

