そんな作品で主人公・陸一心を演じた井上芳雄の渾身の、という言葉ではとても足りない多くのものを背負って立つ姿が鮮烈だ。7歳にして記憶を失うほどの悲惨な経験を経て、中国の大地で生きながら、出自故の迫害と差別にさらされ続ける一心。その半生が時系列に並んでいないからこそ、将来は国家プロジェクトに関わる人材にも成長することが提示されるなど、観る者には安心感をもたらす見事な作り故に、場面、場面でガラリと変わっている一心を演じるのは並大抵の技ではないと思う。

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 だが、井上がコツコツと積み上げてきた台詞劇での経験値と、何よりも常に舞台のセンターを張ってきた俳優ならではの、太く通った一本の芯が陸一心の人生を支えて素晴らしい。

 その一心と生き別れになった妹であり、全体の語り部でもある張玉花(ツァンユウホワ)を演じた奈緒は、孤児となり貧しい山村で暮らす中国人の童養媳(将来の嫁)として買われ、長年の重労働の末に重篤な病に倒れる玉花の、戦争孤児となった多くの人々の人生を象徴している役柄を、何も感じないことだけで心を守ってきた無表情で表現して壮絶。台詞と語りの言葉を明確に分ける台詞術も見事だし、なかでも「幸せだ」という言葉の響きは長く記憶に残るものだった。

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舞台のどこを観てもその演技に目を奪われる俳優陣の宝庫

 偶然の出会いから一心の命を救った看護師で、のちに妻となる江月梅(チアンユエメイ)役の上白石萌歌は、登場するだけで舞台を明るく照らすような、清心な輝きが作品の清涼剤の役割りを果たしている。ひと言で人生が転落する危険と隣り合わせのなか、尚、一心を助けようとする月梅の勇気の表出にも力があり、客席に確かな希望を届けてくれた。

 路頭に迷う一心を引き取り、我が子同然に慈しみ育てる中国人教師・陸徳志(ルートウチ)役の山西惇は、時に身を挺し、命さえ賭けて一心を守ろうとする高潔な人物を、曇りなく誠実に演じて惹きつける。大人気刑事ドラマのコメディリリーフを務める姿に馴染んだ人にこそ、ここに噴出している俳優・山西惇の底力を是非観て欲しい。

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 そして、満州開拓団の隊長として中国に渡り、徴兵で日本に戻る途中家族全員を失った自責の念を抱え続ける、一心と玉花の実の父・松本耕次役に扮した益岡徹が、一見柔和な表情のなかに強い悲しみや憤りをにじませる様が圧巻。ドラマ版で同役を演じ、生涯現役の役者を貫いて逝った仲代達矢が主宰した「無名塾」出身である益岡が、仲代から耕次の魂を引き継いで、尚益岡独自の演じぶりで舞台に生きる姿もまた、長く記憶にとどめたい。

 他にも飯田洋輔、浅野雅博をはじめ、舞台のどこを観てもその演技に目を奪われる実力を備えた俳優陣の宝庫の舞台で、純粋に演劇としての醍醐味も感じられるのが貴重のひと言。2026年の演劇シーンに語り継がれる必見の舞台になっている。

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