1957年(昭和32年)に東京都中野区で起きた「中1男児誘拐ホルマリン漬け事件」。当時26歳の小児性愛者の男が犯した凶行は、戦後復興期の日本社会に大きな衝撃を与えた。
犯人の林邦太郎が事件前に日記に記した「ついに理想の少年を見つけた。住所、名前を聞いた。必ず連れ出そう必ず」という言葉が、彼の異常な執念を物語っている。
銭湯で出会った「理想の少年」
事件の被害者となったのは、人気プロレスラー清美川梅之の息子である巣山和利くん(12歳)だった。邦太郎は4月1日に銭湯「若松湯」で和利くんを見かけ、翌2日の夜に再び銭湯で待ち伏せ。「面白いところに遊びに行こう」と声をかけ、自宅へと連れ帰った。
恐ろしいことに、和利くんは同級生に「さっき、背中を流してくれたあの人に僕は殺されるかもしれない。誘拐されるかもしれない。だから、あの人の顔をよく覚えておいて」と語っていたという。しかし、同級生が目を離した隙に2人の姿は銭湯から消えていた。
邦太郎は自宅で和利くんの服を脱がせようとしたものの拒否されると、問答無用で顔面を殴打。その後、背後から何度も鉈を振り下ろして殺害した。さらに遺体をノコギリでバラバラに切断し、事前に購入していた金魚鉢と水槽4つにホルマリン漬けにして床下に隠匿。
事件後の日記には「金魚鉢に入ったあの子は見ても見ても飽きるということがない。ホルマリン漬けになったあの子は生きている時より一層かわいい」と記されていた。
12匹の猫を殺しただけじゃない…
邦太郎は以前から近所で悪評が立っており、300冊以上の少年雑誌を餌に子供を自宅に誘い込んでは猥褻行為を働いていた。
事件直前には飼っていた12匹の猫を全て殺害し、その半数を食べるという異常行動も見せていた。精神科病院への入退院を繰り返していたが、事件当時は図書館で働きながら療養生活を送っていた。
事件発覚のきっかけは、邦太郎が入院先の病院で「子供を殴った。血が出た。鉈で切った。ノコギリで切った。ホルマリンに漬けた。かわいいかわいい」と口走ったことだった。医師が自宅を確認すると床下から遺体が発見され、逮捕に至った。
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