1954年、静岡県島田市で起きた6歳少女の誘拐殺人事件。犯人として逮捕されたのは放浪中の22歳男性だったが、自白は拷問の末のものだった。

見つかったのは6歳少女の遺体

 事件が起きたのは1954年3月10日、静岡県島田市の中央幼稚園で開かれていた卒園記念お遊戯会でのことだ。八百屋の娘である佐野久子ちゃん(当時6歳)が、出番の時間になっても姿を現さなかった。

 有力な目撃情報によると、若い男が園児たちに「ハイヤーに乗せてやるで、駅に来て」と声をかけ、久子ちゃんが無邪気について行ったという。その後、大井川にかかる蓬莱橋で橋番の男性が目撃した「若い男と少女」が最後の証言となった。

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写真はイメージ ©getty

 3日後の13日午前、久子ちゃんの遺体が大井川南側の山林「地獄沢」で発見される。パンツ1枚、シュミーズで顔を覆われ、左胸部の傷、外陰部裂傷で血まみれ。左頬にはカラスに突かれた無残な傷もあった。

 捜査は難航し、約230人を取り調べても犯人は上がらない。そんな中、5月24日に岐阜県で職務質問を受けたのが、破れた学生服にボロボロの風体で放浪していた赤堀政夫さん(当時25歳)だった。

拷問まがいの取り調べ

 島田市出身で軽度の知能の遅れがあり、前科もあった赤堀さんは別件逮捕され、署長官舎の8畳間で厳しい取り調べを受ける。後の証言によれば「8人の刑事が目の前で子供を連れ出すところや強姦する格好を手まねや身振りで教えてくれ、そんなことは知らないと言うと、かんかんに怒り、両手で首を絞めつけたり、両腕を掴んで逆にねじったりした」という拷問まがいの取り調べが続いた。

 ついに赤堀さんは犯行を認め、静岡地裁で死刑判決。1960年に刑が確定した。しかし、有罪の決め手となった古畑鑑定に疑問が生じ、1986年に再審開始が決定。1989年1月31日、ついに無罪判決が言い渡された。

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