1964年の夏、人気俳優・高島忠夫の自宅で生後5ヶ月の長男が浴槽で溺死しているのが発見された。殺害したのは、住み込みの家政婦。なぜ恩義ある高島夫婦を裏切ったのか?

 高度経済成長期の華やかな芸能界の裏で起きた事件の真相を、鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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人気タレント長男殺害事件

 1964年(昭和39年)8月24日午前2時ごろ、人気俳優の高島忠夫(当時34歳)さんと、宝塚歌劇団出身の女優で妻の寿美花代(同32歳)さんが暮らす東京都世田谷区上野毛の自宅に住み込みで働いていた当時17歳の家政婦Aが、同家長男の道夫ちゃんの姿が見えないと騒ぎ始めた。

 道夫ちゃんは前年1963年に結婚した高島夫妻の愛児で、このとき生後5ヶ月だった。

寿美花代さん、高島忠夫さん(写真:時事通信社)

 騒ぎを聞いて2階で就寝していた夫妻も慌てて1階に降り、世話係の女性看護師K(同29歳)と家政婦C(同69歳)とともに家中を探したものの、道夫ちゃんの姿はどこにもない。

 最初に異変に気づいたAによれば、「変な物音を聞いた」「窓の外に不審な男がいるのを見た」「道夫ちゃんの泣き声を聞いた」らしく、室内に荒らされた形跡もあったことから、夫婦は侵入した強盗が息子を連れ去ったとみて家の周辺も探し回るが、やはり見つからない。

 仕方なく家に戻った寿美さんは、まだ探していないところがあると気づき、風呂場に向かう。一見、何の変わりもなかった。が、もしやと思い閉められたバスタブの蓋を開けたところ、水を張ったバスタブの底に沈む道夫ちゃんを発見。

 夫婦はすぐに息子を抱き上げ、付近の病院へ連れていくも、夜中の2時とあってどこも診てくれない。それでも、やっと1つの個人病院が受け入れてくれたが、すでに道夫ちゃんは心肺停止状態。人工呼吸などの処置も効果がなく、ほどなく死亡が確認される。

 その後、高島家からの通報を受け捜査を開始した警視庁の捜査1課と玉川警察署は、早い段階から犯人の目星をつけていた。事情を聞いた家政婦Aの証言や行動に多くの不審点が見つかったのだ。