今年の夏の甲子園では、カナノウ(金足農業)が旋風を巻き起こした。中でもエースの吉田輝星くんは決勝の大阪桐蔭戦を5回で降板するまで、秋田県予選からたった一人で10試合を完投し、甲子園では6試合で881球を投げた。心配なのは、吉田くんがきちんとしたメディカルチェックを受けているかどうかだ。

田中の登場で、球場は異様な興奮に

 2013年11月3日、日本製紙クリネックススタジアム宮城。東北楽天ゴールデンイーグルス対読売ジャイアンツの日本シリーズ第7戦。3勝3敗のタイで迎えた試合は美馬学、則本昂大と繋いだ楽天が3対0で9回表を迎えた。監督の星野仙一が審判にピッチャー交代を告げ、マウンドに上がったのはエースの田中将大。

 前日の試合に先発した田中は9回160球を投げ切ったが4点を失い、レギュラーシーズンからの連勝は26でストップした。160球を投げた投手は翌日、ベンチに入らないのが普通だが、「日本一」がかかった場面で星野は田中をマウンドに送った。

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2013年日本シリーズ第7戦に登板した田中将大 ©文藝春秋

 リーグ優勝の立役者で、すでに米メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキースへの入団が決まっていた田中の登場で球場は異様な興奮に包まれた。テレビカメラが映し出すスタンドの女性ファンは、田中が投げる前からすでに涙ぐんでいる。男性ファンは「神様、田中様。巨人よ、これが僕たちのエースだ!」というプラカードを掲げる。

「田中が志願したらしいです」

 田中はいつも通りのルーティーンで投球練習を終えると、最初のバッター村田修一に初球を投げ込んだ。135キロのスライダーでストライク。2球目のストレートはファールになる。149キロの球速表示が出ると解説の古田敦也が呆れた様子で言った。

「すごいなあ。すごいです。昨日160球投げた投手が150キロをコントロールできるなんて、あり得ない」

「想像を絶する疲れがあるはずですが、それを精神力が上回っている」

「普通はベンチにも入らないんですが、田中が志願したらしいです」

 田中は2安打を許し、ランナー1塁3塁のピンチを招くが、最後のバッターを三振に仕留めた。仙台での「田中の15球」は伝説になった。

©iStock.com

 前日の登板で「日本一」を決められなかったエース田中が志願し、闘将星野が漢気に応えた。傍目にはそんな場面に見えたが、後日ニューヨークからテレビ出演した田中が真実を打ち明けた。

「あの時、僕は投げさせてください、と言っていません」

「田中が明日も投げると言っている」と星野に伝えていたのは楽天の二人のコーチだった。クレバーな田中は前日160球を投げた自分が、ベストのパフォーマンスを出せないこと、だから登板すべきでないことを知っていた。百戦錬磨の星野も完投した投手を連投させてはいけないことは分かっていた。