文春オンライン

金足農業・吉田投手、田中将大「志願の連投」……感動ハラスメントはいつまで続くのか

高校野球が「教育」だというのなら

2018/08/26

ヤンキースから楽天に「契約違反だ」と強烈なクレーム

 本人が投げるつもりも、監督が投げさせるつもりもなかったのに、なぜ田中は7戦目のマウンドに上がったのか。

「満身創痍のエースが死力を振り絞る」

 その場面を望んでいるファンがいるだろうと、二人のコーチは空気を読んだのである。場合によっては、田中が打ち込まれても構わない。それはそれで美談になる。球場のファンもテレビの視聴者も、あの場面で田中に非合理的な「特攻」を望んだのである。

ADVERTISEMENT

「冗談じゃない」と怒ったのが、ヤンキース。後日、楽天に「契約違反だ」と強烈なクレームが入った。

「あわや移籍に関する契約条件の見直しに発展するところでした」

 楽天関係者はそう打ち明ける。科学的に選手のコンディションを管理するメジャーでは、そもそも「160球の完投」があり得ない。それが「連投」である。わずか15球でも彼らには「バンザイ・アタック」に見えたのだ。

指導者が「虐待」で訴追されてもおかしくない

甲子園決勝戦でも先発した金足農業・吉田投手 ©AFLO

 体の出来上がったプロの田中が15球投げただけでこの騒ぎである。仮に金足農業の吉田くんのメジャー入りが決まっていたら、監督の中泉一豊は球団から契約違反でクレームを入れられたことだろう。

 なにせ吉田は甲子園で6試合に登板。準決勝まで全て完投で3回戦と準々決勝、準決勝と決勝が「連投」であり、決勝の5回で降板するまでわずか2週間で881球を投じているのである。米野球界の常識に鑑みれば指導者が「虐待」で訴追されてもおかしくない酷使である。にもかかわらず、中泉は決勝の後、こう語っている。

「ずっと吉田でやってきて信じていたが、できれば最後まで投げさせてやりたかった」

 日本に根強く残る「散り際の美学」である。昔から不思議に思っていたのだが、スポ根漫画の金字塔『巨人の星』の星飛雄馬は、血の滲むような思いで編み出した魔球が、花形満に打たれるとマウンドにがっくり膝をつき、そのままグラウンドを去って修行に入る。

巨人の星』は名作漫画ではあるが……

 年間140試合を戦うプロ野球の世界。ホームラン1本で二軍落ちしていたら、投手が何人いても足りない。リーグ戦のレギュラーシーズンでは1年を通じて「勝ったり負けたり」を続けながら、最終的な勝率で優勝が決まる。なのに星飛雄馬は一発打たれたら、「僕の負けだ」といちいち絶望するのだ。

『葉隠』の「武士道というは死ぬことと見つけたり」なのか、『戦陣訓』の「生きて虜囚の辱めを受けず」なのか。日本人は「勝ったり負けたり」のリーグ戦より「負けたら終わり」のトーナメントを好む。その刹那に命を燃やしきる若者を「美しい」と感じる。881球で完全燃焼し、甲子園のベンチ前に跪いてシューズ袋に土を詰める吉田くんがたまらなく好きなのだ。

吉田くんの肩の筋肉はどうなっていたか

 しかし、前回も書いたように少年サッカーの指導に関わる筆者はこう思うのだ。

「おいおい吉田くん、そんなことをしている暇があったら、肩のアイシングしなよ。これで終わりじゃないんだから」

 881球を投げ「下半身が動かないから変えてくれ」と直訴した吉田くんを、アイシングもさせず外野の守備に回したときには卒倒しそうになった。前日からの球数を考えれば、吉田くんの腕の毛細血管は切れて、肩の筋肉は炎症を起こしていた可能性が高い。その選手をそのまま外野に立たせた。2番手投手が打ち込まれたり、あるいは味方打線の奮起で競った展開になったりしたら、もう一度、彼をマウンドに立たせるつもりだったのだろうか。

登板後、アイシングを行うヤンキースの田中 ©AFLO