私は最近になってようやく「宗教」が社会的・歴史的要因として思っていた以上に重要だと気づきましたが、これは社会学の創始者エミール・デュルケームの見方です。デュルケームと同じように、私にとって、「個人」は「集団」のなかにしか存在しません。「集団」が弱ければ、「個人」は強くなるどころか、逆に弱くなる。とはいえ、宗教が再び復活するとは思えません。もう後戻りはできない。すると残るのは虚無感だけです。この虚無感のなかで、人生の意味は自明ではなくなり、正直、私自身も、人生には意味がないと感じています。
ここでの脅威は「ニヒリズム」です。「虚無そのものを神格化する」という感覚さえ生まれ、人や物や現実を破壊したいという衝動が生まれてくる〉
トッド氏によれば、米国とイスラエルによる無益で野蛮なイラン攻撃や要人暗殺は、ニヒリズムから生まれる「暴力への衝動」や「殺人の快楽」の発露である。
一方、何よりも個人の自由を重んじる「リバタリアン」であるはずのティール氏は、意外にも、「個人」ではなく「チーム」の重要性を説いた。
〈ティール 「個人」という概念は、実は非常に不安定だというトッド教授の考えにも同意します。この概念は、自由主義や古典的リベラルの思想に大きな影響を与えてきたので、私にとっても常に厄介な問題です。実際、宗教的・社会的な共同体が解体されるなかで、個人はどんどん弱くなっています。親の実家の地下室でゲームをしているインセル〔異性との交際や性的関係が長期間なく結婚を諦めた結果としての独身〕のような存在が「個人」の最終形態になるかもしれません。
シリコンバレーの世界でも、何かを発明するのは「個人」というより「チーム」です。創業者はキャプテンのような存在で、会社もチームスポーツのようなもので、創業者が個人主義的すぎるとうまくいきません〉
「世界で唯一、日本の東京だけが、和やかな雰囲気のなかでこういう議論ができる場所」
対談では「日本」も話題になった。
〈ティール 私が日本に来るのは7年ぶりになります。こうしてまた戻ってこられて本当に嬉しいです。
私が常々感じるのは、「日本の思考がどれほど緻密で独自なものか、世界の他の文化とはまったく異なっていて、いかに新鮮な視点であるか」が日本ではきちんと理解されていないことです。日本は、悪い形態のグローバリゼーションの影響を最も受けずに済んだ場所で、日本の皆さん全員が真に守り抜くべき特別な何かをもっています〉
〈トッド 実は「対談をしよう」とピーターに提案した時、私は「パリで開催するのは無理だ」と言いました。世界で唯一、日本の東京だけが、和やかな雰囲気のなかでこういう議論ができる場所なんです。頂いた質問への答えは、まさにここにあります。このあたりでもうやめておきます。これ以上、日本のお話をすると、感傷的になってしまいそうなので〉
ティール氏とトッド氏の対談「世界は終末を迎えているのか」の全文は、4月10日発売の月刊「文藝春秋」5月号(月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」では、4月9日先行公開)に掲載されている。
出典元
【文藝春秋 目次】東京極秘対談 ティール×トッド 世界は終末を迎えているのか/池上彰×佐藤優 “暴れ獅子”トランプと“女豹”高市の生きるか死ぬか/官邸官僚の第二の人生
2026年5月号
2026年4月10日 発売
1300円(税込)

