どう考えても父親は殺されたのに事故として処理され、さらには父親が被害者となったことで捜査からも外されてしまう——自ら動きたいのに動けない春原が陥るのは、周囲に対する不信であり、犯人に対する強い憎しみだ。そしてその憎しみは、「警察」として本来守らなければいけない規律に不自由さを感じさせ、「娘」である私が自ら事件を解決せねば——犯人に復讐をしなければと、判断力を鈍らせる。警察であれば本来当たり前に備わっているはずの倫理感覚と燃えたぎる復讐心のあいだで板挟みになった春原は、やがて復讐代行グループ〈ハングマン〉と関わりをもつ決断をする。その顛末をリアルに描くことで、〈ハングマン〉が背負っている復讐という行為がいかに重たく、追い詰められた末の最終手段なのかを示すのだ。
また、2巻にあたる『ハングマン 鵜匠殺し』でも、人間に備わっているはずの判断力を私情によって鈍らせていく過程が、現代に蔓延る「闇バイト」「オレオレ詐欺」「劇場型投資詐欺」といった事件を通じてさらに深く描かれていく。作中で詐欺に遭った人々がつられるのは「割のいいバイトの誘い」「おカネばらまき企画のリポスト」「未公開株の投資の誘い」と、見るからに怪しいとわかるものだ。しかし、生活の先行きもわからない切迫した状況下においては、そうした甘言が、天から垂らされた蜘蛛の糸のようにうつる。堅実に生きてきたはずの人間が道を踏み外してしまうさまを切実に描いた筆致は、冷静な判断ができていればこんな詐欺に騙されるはずがないなどと、無神経な自己責任の押し付けを許さない。
いくつもの詐欺をめぐる物語はやがて、それらのすべてに関わっているらしい〈ショウ〉と呼ばれる黒幕の存在に近づいていくことになる。闇バイトやグループ詐欺は、恵まれない人間に誤った「判断」をするよう誘導することで罪を被せるシステムが出来上がっており、捜査をしても大元となる黒幕まで辿り着けないことも多い。そのシステムをいかに食い破って巨悪を打ち倒せるか——〈ハングマン〉が挑むのは、法の隙をつくことで罪から逃れようとする悪質な犯罪だ。
それは言い換えれば、ときに誤った判断を下してしまう人間の——あるいは人間によってつくられる社会の——不完全さを悪用する人々に対する抵抗ともいえるだろう。
そして〈ハングマン〉の最たる魅力は、自分たちこそが正しいと盲信しているわけではないところにある。彼らは決して殺人を正当化するわけではない。あるいは開き直るわけでもない。法律が裁けない巨悪を裁こうとする彼らに備わっているのは、誤った判断を下してしまう人間の不完全さを利用するのではなく、自ら引き受けようとする覚悟だ。「罪を犯している」という点では変わらない〈ハングマン〉と巨悪との確固たる線引きは、罪の覚悟によってなされている。
〈ハングマン〉シリーズはまだまだ続く。彼らが果たして正義なのか悪なのか、あるいはそのどちらにも属していないのか——これからも慎重に読み進めながら判断していきたい。
あわいゆき
2000年生まれ。文筆家・書評家。現在は都内の大学院で芸術学を専攻し、国内最新の文芸を幅広く読む。書評やレビュー、インタビュー記事などを中心に、各媒体に寄稿している。
〈ハングマン〉シリーズは第1巻『祝祭のハングマン』が文春文庫で、第2巻『ハングマン 鵜匠殺し』が単行本で好評発売中です。
