《追悼》「乞食になりたい」晩年には“厭世的な発言”も…『テルマエ・ロマエ』ヤマザキマリが語る、漫画家・つげ義春(享年88)への想い
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つげからの影響を公言する漫画家
近年、作品の芸術性の高さが評価され、17年に、つげは日本漫画家協会賞大賞を受賞。さらに20年には、フランスの漫画祭で特別栄誉賞を受賞するなど、国際的な評価も高まる一方だった。
そんなつげからの影響を公言する漫画家は多い。
古代ローマの風呂文化をコミカルに描いた「テルマエ・ロマエ」で知られるヤマザキ氏もその1人だ。「師匠と呼びたいくらい大事な存在」だと公言してはばからない。
「初めてつげさんの漫画を読んだのは、イタリアで美術の勉強をしていた19歳の頃。漫画といえば少女漫画や手塚治虫のイメージしかなく、つげ作品は衝撃的でした。漫画というより、安部公房や島尾敏雄といった文学を読むのと同じような感触でした」
イタリアで子供を出産するも極貧生活を送っていたヤマザキ氏は、つげ作品に自らを投影した。
「つげさんの私小説的な作品では、主人公と義父の不仲など、人生の不条理が描かれていた。私も子供時代は家庭環境が不安定で、大人になっても社会に適応できない疎外感から抜け出せず、そんな中つげさんの描くリアリティが救いでした」
ヤマザキ氏は「ダ・ヴィンチやミケランジェロよりも影響を受けた」と語る。
「つげさんがいなかったら、私はおそらく漫画家になっていませんでした。つげさんは、人生を悲観し、絶望しても、生きることと漫画を描くことだけはやめなかった。そんな姿に一生ついて行きますと思っていました。表現者として人生を全うしたつげさんに対し、本当にご苦労さまでしたと言いたい」
「無能の人」とは決して呼べない、稀有な漫画家人生だった。
