14歳の新メンバー杉原明紗が加入し、4月11日から全国ツアーがスタートしたモーニング娘。'26。ハロプロ全楽曲がサブスクで解禁されたことで、平成と令和の活動と楽曲、いずれもが注目されている。後藤真希や安倍なつみらの卒業まで続いた“黄金期”が終わり、高橋愛が率いた伝説の“プラチナ期”はどのように始まったのだろうか。(全2回の2回目)
◆ ◆ ◆
“黄金期”の終焉→メディア露出は減り…
モーニング娘。の“黄金期”が終わる頃、少しずつメディア露出は減り、グループのブームは一旦落ち着きを見せることになる。
2002年7月31日に発表されたハロプロ大改革。タンポポ・プッチモニ・ミニモニといった、順調だったユニットの大幅メンバーチェンジなど、それまでの「喜びをもたらすサプライズ」とは異なる類のもので、この「ハローマゲドン」はファンに大きな衝撃を与えた。その後も、新ユニットはもちろん、フットサルチームまで生まれ、その細胞分裂と新陳代謝の早さは追いつけないほどだった。
突発的に何かが始まり、自然消滅していくなか、マザーシップ=モーニング娘。の航路は乱れに乱れたが、“敗者復活”から立ち上がるモー娘。イズムは、そんな模索の時期にこそ発揮されていく。
藤本美貴の「正直嬉しくなかった」モー娘。加入
この混沌の中、カオス上等とばかりに輝きを増したのが、藤本美貴。2003年、6期加入のタイミングでモー娘。に加入した。ただ、藤本は「モーニング娘。第3回追加オーディション」で落選しているのである。
しかも、その後2002年「会えない日曜日」でソロデビュー。人気もうなぎ上り、大活躍だった。いわば「敗者復活」の大勝者。ソロで伸び伸びしている彼女をなぜ今さら? それは藤本本人が一番思っていたようで、のちに「(モー娘。加入は)正直嬉しくなかった」と告白している。
そんな藤本だが、意外なほどグループにハマった。一癖もふた癖もあるメンバーのど真ん中に放り込まれながらも、彼女は不敵にたたずむ女戦士のごとし。「シャボン玉」「浪漫 ~MY DEAR BOY~」「大阪 恋の歌」は藤本のパンチのある声があってこそで、彼女が在籍した4年のモー娘。はギラギラ、ロックしていた。
2007年、吉澤ひとみの卒業によりリーダーに任命されたが、その直後に庄司智春との熱愛が報じられ自ら脱退。吉澤の卒業シングル「悲しみトワイライト」がそのまま、藤本にとってモー娘。最後のシングルとなった。
