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先手番の里見がどう指すのかは、ほぼ間違いない

 10時。記録係の声に従って、両者一礼。対局が開始された。

里見の初手は▲5六歩 ©松本博文

 先手番の里見がどう指すのかは、ほぼ間違いない。まんなかの歩を突く▲5六歩だ。

 初手を指す対局者を写す場合、角道を開ける▲7六歩と、飛車筋を伸ばす▲2六歩では、レンズを向ける先が、少し変わってくる。よって意外な初手を指された際には、あわてることもある。

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 報道陣が多い場合には特に、対局者は少しの間をあけ、一呼吸を入れてから、初手を指す場合が多い。しかし里見は、ほとんど間髪をいれず、すぐに初手を指した。

 続いて2手目を指す後手の藤井が、まずは茶碗を手にして、それを口に運ぶところもまた、ほぼ決まっている。そして、相手が最初にどう来ようとも、2手目は飛車先の歩を伸ばす△8四歩であることも決まっている。相手の得意を何でも堂々と受けて立つ「王道」の指し方だとして、その一点でも評価されることがある。

藤井は△8四歩と応じる ©文藝春秋

 ここで報道陣が退出する。それを待って、落ち着いてから3手目を指す、という棋士も多いが、里見は違う。筆者が外に出る時に盤上に目を向けると、もう次の手を指していた。

序盤でリードを奪ったのは里見だった

 里見の作戦は、十八番の中飛車である。飛車をまんなかの筋に据えて、気持ちがいい。プロアマ問わずに、人気のある戦形である。

 持ち時間は互いに1時間。プロ同士の対局では、比較的早指しのカテゴリに入る。そのため、昼食休憩はない。

 里見がほとんど時間を使わずに飛ばしていくのに対して、藤井は慎重に、小刻みに時間を使う。そして序盤でリードを奪ったのは、時間を使っていない方の、里見だった。

 42手目、藤井は銀をひとつ引いた。もう1手をかければ好形を築くことができるが、その前に動かれてしまうリスクもある。

 前に出るか、それとも待つか。里見はここで選択を迫られた。里見の手が止まり、盤上はしばらく動かなかった。

対局が行われた関西将棋会館 ©松本博文

 ちょうどこの日、東京では王座戦1次予選の木下浩一七段-渡部愛女流王位の対局がおこなわれていた。持ち時間は本局より長いため、夕方に終わった。結果は渡部の勝ち。里見の活躍とともに、女流棋士全体のレベルアップを印象づける結果となった。

 近年の女流棋界は、里見が第一人者として君臨してきた。里見が大半のタイトルを保持し、それに他の女流棋士が挑む、というのが基本的な構図である。

 渡部は今年、女流王位戦五番勝負で、里見女流王位に挑戦した。下馬評は、里見防衛の声が圧倒的だった。しかし渡部は、第1局で大逆転勝ちを収めるなどして、3勝1敗でシリーズを制して、初タイトルを獲得。段位も女流二段から女流三段に昇段した。

控え室に張り出された里見の対男性棋士成績 ©文藝春秋

形勢は、いつしか藤井の側に傾いていく

 43手目、里見は積極的に前に出た。攻めの鋭さが、里見の身上である。あっという間に、一大決戦となった。

 控え室の報道陣は、AbemaTVやニコニコ生放送の解説を聞いたり、手元のコンピュータ将棋ソフトで検討をしている。

 里見有望ではないかと思われた形勢は、いつしか藤井の側に傾いていく。

 進んでみれば、読み勝っていたのは、藤井の方だとわかる。端の突き捨てが絶妙のタイミングで、進んで見れば驚くほど見事に利いていた。

 時間は大差で里見が残している。藤井は持ち時間を使い切って1分以内で指さなければならない。余人であれば、逆転する要素はあったかもしれない。しかし藤井は誤らない。正確に指し続け、あっという間に里見玉を受けなしに追い込んだ。