「偉そうで説教くさいオジサン」にならないように…
羽賀 ストーリーや設定を決めるにあたっては、かなり試行錯誤しました。渋沢栄一の人生をそのまま伝えるよりも、『論語と算盤』の思想を伝えることのほうが重要だと感じていたので、まずは舞台を現代にして、いまを生きている人たちに対して渋沢栄一が言葉を残そうとするかたちとしました。
渋沢栄一をどんなポジションに置くかも悩みました。喫茶店のマスターになってもらって、悩める客たちに教えを説くといったアイデアもありましたが、最終的には夜間学校で講師を務めるかたちに落ち着きました。
ワタベ 渋沢栄一をどれくらいリアルに描くか、または漫画っぽくデフォルメしてしまうか、その調整も難しかったです。渋沢は教えを伝える立場なので、気をつけないと偉そうで説教くさいオジサンになってしまう。イメージを柔らかくするために、渋沢が実際に飼っていたという闘犬をキャラクター化して、連れ歩いている設定にしました。渋沢自身の造形も、かなりかわいらしい描き方にしてあります。
——漫画化していくうちに、おふたりのなかで「渋沢栄一像」は変化していきましたか。
羽賀 渋沢栄一はすごく優しい人だったんだろうなと、描きながら思っていました。人が好きで人に興味があって、人のことばかりずっと考え続ける優しさがある人だったんじゃないかと。渋沢は日本の資本主義社会の礎をつくった人ですが、「社会は、日本は、こうあるべき」と机上の空論を打つのではなく、「資本主義が根付けば人の暮らしはこうよくなる」と具体的に考えてくれた人だったと思います。
ワタベ 『論語と算盤』に載っている話は具体的なものばかりだし、渋沢栄一は現実的で厳しい人だと僕には感じられます。でも、そういう人にガツンと何か言ってもらえると、その言葉が生きる活力にもなります。「怖い、だけどたまに無性に会いたくなる人」という渋沢の雰囲気は、漫画の絵でかなり表すことができたんじゃないかと自負しています。細めた目元の奥から黒目でギョロリとにらむような表情、ぜひ見てみてください。
——『漫画 論語と算盤』によって、渋沢栄一の教えと魅力が描き切れましたか。
ワタベ 渋沢栄一のすべてが描けたとは言えませんが、入り口は示せたんじゃないでしょうか。『論語と算盤』が気になっている人は、まず漫画から入っていただくと、かなり理解しやすくなると思います。
羽賀 漫画の中では説明はありませんが、渋沢栄一は幽霊でもなくタイムスリップでもないものとして描いたつもりです。渋沢栄一の教えや考えは、今もそこかしこに浸透し、確かに存在している。そのことのメタファーとして表現しました。時代を越えて残るほど強い「思い」を持っていた人だったのだろうと改めて感じます。
渋沢栄一の思いに感化されて人生に対する考え方が変わる、そんな経験は、いまもだれにでも起こり得ます。漫画ではそのことを、渋沢栄一が現代社会に登場するかたちで、わかりやすく描いたつもりです。
一万円札を手にして渋沢栄一の肖像を見かけたとき、彼の考えや人となりを思い起こしてもらえるようになったら、漫画として描いた意味があるのかなという気がします。

