早稲田大学法学部を卒業後、東京大学法科大学院を修了、華々しいキャリアを歩む“エリート弁護士”だった江口大和さん。2018年10月、交通事故を起こした男にうその供述をさせたとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に逮捕された。

 江口さんは、検事から「ガキ」「お子ちゃま」などの罵詈雑言を浴びせられる57時間の取調べ、家族や友人に会えない250日間の勾留を経験。彼が実際に見聞きした“獄中”のリアルとは――。

 ここでは、江口さんの獄中メモを下敷きに、逮捕から今なお続く国家賠償訴訟の行方まで、約7年にわたる闘いをつぶさに記録したノンフィクション『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版社)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の4回目/1回目から読む)

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写真はイメージ ©PantherMedia/イメージマート

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ふたつ隣の独房の青年

 ある日、隣の房の人が看守に訴えた。

「隣の部屋のやつが、夜中も歩き回っていて、うるさくて眠れないんですよ。なんとかなりませんか」

 私は夜中に歩きまわることはなかったので、私ではない方の隣人だろう。どんな人か気になったので、運動の際に各部屋の人が並ばされるとき、苦情を言われていた房の人を見てみた。まだ20代くらいで、物静かそうな青年だった。メガネをかけ、髪は長い。あまりプリズンで見ないタイプの風貌だった。

「どんな事件でここにいるんだろう」

 と私は想像をめぐらせた。粗暴犯や窃盗犯という印象ではない。薬物を使っている人にありがちな顔つきでもない。特殊詐欺の受け子かもしれない、と勝手に想像した。

 数日後の朝、廊下から看守の怒声が響いてきた。

「お前、何やってんだよ! くさいんだよ!」

 看守の剣幕は尋常ではなかった。本気で怒っているときの声だ。何があったのかと、食器口ごしに声のする方を見てみた。どうやら声の先はふたつ隣、あの青年の独房だった。

「僕じゃありません」

 という声が聴こえた。看守の怒鳴り声とは対照的に、抑揚のない静かな声だ。

「いや、独房なんだから、お前しかいねえだろ」

「僕じゃありません」

「何言ってんだよ。お前しかいねえんだよ」

「僕じゃありません」

 いら立ちもあらわに詰めよる看守と、同じ言葉をくり返す青年。ふたりの押し問答はかみあわず、異様な緊張がただよっていた。看守は「くさい」と言っていた。青年は、食事や飲み物を部屋の中にぶちまけでもしたのだろうか?