「撃つな!」クマにのしかかられたマタギは悲鳴を上げ……
クマまでの距離は400メートルほど、対面から30人で100発は撃った。走るクマが一瞬前のめりになって胸を雪面に打ち雪片が散った。それでもクマは立ち上がり、私の40メートルほど先で尾根を越えて来た。今度は射手が射撃に入った。
クマは笹薮に隠れようとしていると思い、私は先回りした。
クマが隠れた笹薮には猛烈な射撃が加えられた。と、メリヤスを着て赤い腹巻をしたマタギが漫然と幅2メートルほどの雪の回廊を歩いてクマを探している。黒い影が跳躍し、マタギは60キログラムほどのクマにのしかかられて、共倒れしてしまった。
私の目の前30メートル。遠射している連中にはその様子が見えていない。
腹巻氏が悲憤を上げた。「撃(ぶ)づなー、吾(わ)さ当だるー」
彼はクマと重ね餅のように撃たれる恐怖に陥った。さらに数発ほどで射撃は止まり、続いて駆けつけて来た猟友がクマに銃口を押し着けて射殺してしまった。クマを除けた男は恐怖の後の作り大笑いを見せたが、肉がたゆんだ脇腹が血まみれだ。猟友会の指導員が慌てて彼の赤い腹巻を胸までたくし上げ、腹に白い晒しをぐるぐる巻きにしていた。
なぜ腹巻氏は軽傷で済んだのだろう。クマは事前に右手首から先と下あごが粉砕されていて、確実な攻撃ができなかったのだ。400メートル先の移動する黒クマに当てるのだから、さすが秋田のマタギだ。
クマは雪原に身を晒さず、藪に身を隠した。圧倒的な攻撃力をもった人間に対して負傷をものともせず、藪に潜行しつつ敵の先陣に一矢を報いたクマに畏れを覚えた。
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