クマを狩るハンターたちは、文字通り命懸けだ。こちらが銃を持っていても、お構いなしにクマが攻撃してくることも珍しくない。
これまでクマに9回襲われた経験があるクマ研究家・米田一彦さんの新著『家に帰ったらクマがいた』(PHP研究所)から、クマ狩りに同行した際のエピソードを一部抜粋してお届けする。
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これまで9回もクマに襲われた
人がクマに襲われる。私に森の深遠を教えてくれたクマは人を殺すこともある。子グマを守るためであったり、突然人と出くわして退路を絶たれて反撃したり、食餌を求めて里に出て襲ったりする。
ヒグマもツキノワグマも山を守ると決心して生きている。その高貴な決意を言うなら、クマは「森の守護神」だ。明治以降、開拓一色に彩られた北海道においては気候風土の厳しさと共にヒグマが人びとの侵入を押しとどめ、多くの悲劇を生みつつ衰退させられていった。
人智を超えた力を秘めた強獣との軋轢。
私たちはヒグマとツキノワグマの真実の姿を知りたかった。恐ろしさを押し殺し、我々世代のクマ研究者はほぼ無防備で、この獣に挑んだ。私が50年以上クマを観察し、保護や被害対策を行なってこられたわけもそこにある。初めて見たクマの神々しさは神としか言いようがなかった。
私は学生のとき1週間、リンゴ園でクマが出てくるのを待っていたことがある。夕陽を背景にして目の前にいきなり黒いクマがばんと立ったとき、山には神がいるのだ、と身が震えたものだ。
日々クマのいる山を歩いていて、いまはクマのいる森の中に住み、クマに会うために彷徨う。私には「クマは、そうは襲わない」という確信がある。甘く咬むクマもいるし、優しく抱擁された事故例も多い。
私自身が襲われた9回は「私はクマのすべてを見たい」という思いからくるもので、結果として襲われてもクマに責任はない。クマにとっては捕まえられ、追いまわされ、越冬姿まで観察されて迷惑なことであったろう。
