ある日、家に帰ると玄関の奥にクマがいた――。
これまでクマに9回襲われた経験があるクマ研究家・米田一彦さんの新著『家に帰ったらクマがいた』(PHP研究所)から、クマが自宅に侵入した際のエピソードを一部抜粋してお届けする。
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罠にかかり、自らの手首を切断して逃げるクマも
1994年5月、広島県T町で、イノシシを捕獲するワイヤーの括り罠にクマがかかり放獣することになった。太さ4ミリメートル、長さ4メートルほどのワイヤーに、このクマの右前足の手首が掛かっていて、突進してきたら切れる恐れがあった。
罠の端は松の木に留めてあり、半径4メートルはクマが暴れて荒れ果てていた。私は麻酔剤の吹き矢を構えてクマに近寄り、1発目を尻に当てた。クマの動きが鈍り、私はさらにもう1発撃とうと筒を向けた。するとクマはワイヤーの端を止めてある松の木に登った。
良い位置にクマの尻が来たので吹き矢を向けると、ばっと翻った。クマが両腕を広げて私に覆いかぶさる刹那、後ろから銃声が轟き、クマの顔は朱の盤を貼りつけたような恐ろしい形相になった。
ワイヤーはクマの体重と勢いで切れ、クマは地面に叩きつけられて「ふおっ、ふおっ」と叫びを噴き上げながら逃げ去った。
クマの錯誤捕獲(仕掛けた罠に、本来の対象とは違った動物がかかること)からの開放は、最も危険な作業の部類だ。私は中国五県で、このような事例を数限りなく実施してきた。ワイヤーがクマの手首までかかっているなら良いが、多くは掌で、指先2本だけのこともある。自ら手首を切断して逃げるクマもおり、3本足のクマを見たことがある。
ワイヤー罠にかかったクマに襲われる例は、狩猟者のみならず無関係の通行人でも報告されている。そのため広島県では、錯誤捕獲が多かった県北西部の広い地域をワイヤーワナ架設禁止区域に指定している。

