伊与原さんの文章は、その手触りを読み手である私にもありありと感じさせてくれる。そして私はいつの間にか、科学部の一員になったようなわくわくはらはらした気持ちで、小さな扉をひとつずつ開いていくようにページを捲ることができるのだ。

ドラマにはどうしても使えなかった重要な台詞

 岳人、アンジェラ、佳純、長嶺の四人が揃った一見でこぼこな科学部は、それぞれが持つ得意分野を活かしつつ、やがて火星というテーマを見つけ、学会発表という大きな目標へと向かっていく。

 とはいえ、もちろん一筋縄ではいかない。予算はないし、メンバー間でのトラブルや衝突も起きる。でも同時に、思わぬ化学反応(第五章「コンピュータ室の火星」)も生む。困難をアイデアで乗り切りながら、やがてメンバーたちは藤竹の予想を遥かに超えて、最終的に“教室に火星を作る”べく手製の“重力可変装置”を作り上げる。

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 しかし火星のランパート・クレーターを再現する実験で、いよいよ学会発表に挑もうという時、事件が起きる。科学部は一気に崩壊寸前の危機に陥るのだが、そこで藤竹がなぜ科学部を作ったのか、その真の目的が明かされる。

 実はドラマの脚本を作る中で、重要なのに、構成上どうしても使えなかった台詞がある。第六章「恐竜少年の仮説」で藤竹の告白を聞いた佳純の台詞だ。定時制に科学部を作ること自体が、藤竹にとっての“実験”だったと聞いた佳純は、実験だというのなら藤竹が立てた“仮説”とはなんなのか、と問う。

「どんな人間も、その気にさえなれば、必ず何かを生み出せる。それが私の仮説です」

 藤竹がそう答えると、佳純は瞳を潤ませた。だったらそんなの実験じゃない、と。

「観察する相手のことを信じてやる実験なんて、ないです」

 そこで藤竹はハッとするのだ。

 ここでわかるのは、誰よりも人を信じ、誰よりも諦めが悪いのは、他ならぬ藤竹自身であるということだ。生徒たちのことはもちろん、かつて対立した教授のことも、研究者になることを諦めて去っていった学生のことも、そして自分自身のことも。信じているからこそ怒りと憤りを感じ、科学の前には人は平等であることを証明したいと思ったに違いない。

わからないことがある

 科学は、好き嫌いで判断するものでも、感情で変わるものでもなく、とても静かで普遍的で、動じないものである。でも同時に、そこに関わるのは揺らぎや熱を抱えたひとりの人間である。

 作者の伊与原さんをはじめ、取材の中で出会った先生や研究者の方々は“わからない”ことをとても楽しんでいるように見えた。まだ知らないことがある、わからないことがある。それは言い換えれば、まだまだ無限の可能性に満ちているということでもある。だからこそ、もっと知りたい、見てみたいと思う。

 この物語にこんなにも心が沸き立つのは、私の中にも、知りたい、学びたいという、根源的な欲求があるからだろう。それは、今も私の中に消えずにある。いくつになっても関係ない。生きている限り、きっとある。

 夜の校舎に青空はない。でも夜空には昼間には見えない無数の星が光っている。見えなくてもそれは、いつだってそこにある。

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