生成AI元年と言葉のくじ引き 偶然性の哲学にこだわる理由

 二〇二三年は生成AI元年であり、AIは重要なことを問いかけていると思っています。以前、自分で用意した辞書データから、ただのランダム関数で言葉を選び散文詩のようなものを生成するプログラムを作ってみたんです。Maxという音楽用のアプリケーション環境で作り、Pythonで書き直したものですが、実は小説を書くための前準備としてそれをやっていました。自分自身から出てくるナラティブではなく、言葉が言葉として即物的に出てくるような状況を作ってみたかったからですが、そのアウトプットがなかなか面白いんです。

 ちょっとそのプログラムを動かしてみましょう。

広がりという尖った空席、判断ならば真夜中の風、期待という真夜中の運動、計算のような逆さまの運動

 こんなふうに、なかなかいい感じに出てくるんですね(笑)。一九二〇年代のダダと同じようなものです。このプログラムの仕組みとしては、四つのボックスに、くじ引きで単語を並べているだけです。それに音が出るユニットを組み合わせると、詩を生成しながら同時に音を出すみたいなプログラムも作れます。今紹介したプログラムは本当に原始的な仕組みですが、もう少し複雑なプログラムだと次のようなものが生成されます。

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その時には青い窓であるというまた朝ではなく。僕が玄関、あるいはまた朝を投げた。ここまではそれとそっくりの一つひとつから耳元を届けようとする。ここまではそれとそっくりの朝は確定された関節の理由は囲んでいる。それからそれとそっくりの夜明けから距離をまっすぐに。明日、口腔までは歯を歌う

 こうしたものも、思いを込めて読むとそれらしくなりますね(笑)。実際、こういったものが前衛だった時代があって、僕は好きなんですね。メイヤスーを翻訳したり、偶然性の哲学にこだわるのは、戦間期の偶然性の試みに影響を受けているからだと思います。

言葉のネットワークを強度の差異で捉える

 こんなことを『デッドライン』を書く前にやっていて、それで自分の実存ということの偶然性と、身も蓋もない偶然性がつながった感覚を得たんですね。それから修士課程のことをベースにしたものとして小説を書こうという決心が、翌年にふっと湧いてきたんです。それで二ヶ月ぐらいで一気呵成に書いたという経緯になります。

千葉さんの初小説にして野間文芸新人賞受賞作『デッドライン』(新潮社)

 話を戻すと、先ほどのものは本当に単純なくじ引きですが、もうすこし言葉の意味を計算することも実験しました。word2Vecという自然言語処理技術があって、そこでは単語の意味も、たとえばウィキペディア全体のなかでリンゴという言葉とテーブルという言葉が、どれくらい使用頻度として近い距離にあるかを、多次元のパラメータで測り、それをもって「意味」を定義づけしている。つまり意味を脱意味化している。これをドゥルーズの言葉で言えば、まさに強度の差異で捉えているということです。つまり物事を複数のパラメータの強弱による、多次元的な強度の差異として捉えているということになる。実際にそれは多次元のベクトルで表されるわけです。

 質的存在を量的に表す、つまりどういうエンティティとして捉えるかというときに、高次元のベクトルとして表すわけです。そう考えたらすべてが高次元のベクトルになる。基本的にはChatGPTなどでは、データの塊のなかの言葉のつながりも、ただの距離関係で把握している。つまりそれは単なる脱意味的な凸凹でもあるわけです。言葉のネットワークを強度の差異で捉えることは、あくまで膨大な用例のなかで言葉同士がどういう距離関係にあるかということなので、語用論(pragmatics)の議論と接続するでしょう。面白いのは、言葉の定義が純粋に実践的に捉えられているにもかかわらず、それによって決定的に脱意味化している、ということです。

 ある意味、後期ウィトゲンシュタイン的な言語観、すなわち言葉の意味は用法(どう使われるか)であるという言語観が、ハイデガー的な道具的ならざる存在と一致してしまうような奇妙なメビウスの輪がここで生じている。それがChatGPTで行われていることとも言えるでしょうし、さまざまな議論に展開することができるでしょう。

 以上を踏まえると「一般リズムとは、多次元にまたがる凸凹、すなわち強度の差異であり、それはそこから意味が発生する意味以前の事態である」と定義できるでしょう。ちなみにこれをChatGPTに英訳させてみると、「General rhythm refers to bounciness, unevenness, or differences in intensity across multiple dimensions. It represents a pre-meaning configuration from which meaning emerges.」となりました。「configuration」という単語は僕が好きなので入れたのですが、こうすると人間の温かみが少し差し挟まれるのではないでしょうか(笑)。というわけで、僕の話はこのぐらいにさせていただきたいと思います。

(本記事掲載の『Jodo Journal』第7号は2026年5月上旬刊行予定https://jodofukugoh.com/news/2024/03/17/1252/)

センスの哲学

千葉 雅也

文藝春秋

2024年4月5日 発売

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