――勉強が好きだったのですね。

澤田 他に興味を持てるものがなかったんです。目の前に山があるから登る、というのと同じで、勉強という解決すべき課題が目の前にあるから取り組んでいた感じです。

 塾ではテストで満点賞を取るとメダルがもらえたり、成績によって校舎が変わる仕組みもあって、自然と上位を目指していました。その結果、父の出身校でもある中高一貫校に危なげなく合格することができました。

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少年時代の澤田さん 本人提供

――中学校生活は順調でしたか?

澤田 そのままの流れでずっと勉強していました。自分で言うのも変な感じですが、中3まで成績も本当によかったんです。当時、1学年で東大・京大合わせて40〜50人程度進学する友達の中でも比較的上位にいたと思います。保護者面談で「みんな澤田君みたいに勉強できればいいのに」と言われたこともありました。

――ご両親は教育熱心だったのですか?

澤田 勉強しろと特にうるさく言われることもなく、やりたいことがあれば、環境は用意してくれる、とても恵まれた家庭だったと思います。

「あれ、なんで僕は勉強しているんだろう」と…

――いつ、順調だった流れが変わったのでしょう?

澤田 中学3年生です。中学校では剣道部に入って頑張っていました。もともと一つのことにのめり込みやすいタイプなので、毎日の朝練と放課後の練習に加え、部活がない日は近くの大学の剣道部にお願いして練習に混ぜてもらい、日曜日には体育館を借りて自主練をしていました。

 頑張った甲斐があって、部内では2、3番目ぐらいの強さだったと思います。それでも、中3のほぼ最後の大会となる夏の大会で、レギュラーを外されてしまいました。

 理由は身長です。今でこそ175cmあるのですが、中3までは140cm台でした。剣道って身長が低いと、どうしても上から面を取られやすくなります。「頑張ってはいるけど、他校にはもっと背の高い選手がいるから、背の高い子をレギュラーにする」。剣道部の部長から面と向かってそう言われたときは、悔しさに震えました。

 プロスポーツだったら仕方ないと思います。でも、中学生の部活、特に武道は成績だけでなく、人格を養う場でもあるはず。それなのに、身長という自分ではどうしようもない部分で判断されてしまうことに納得がいかず、結局、剣道部は辞めてしまいました。