計画より早く1年で埼玉医科大学医学部に合格
――計画は順調に進みましたか?
澤田 学校で教わる勉強は、たとえ理解ができていなくても自動的にカリキュラムが進んでしまうものですが、僕は独学だったので、十分に納得してから次の単元に行くことを徹底しました。建物と同じです。地盤改良して、基礎を固めて、柱を立て、屋根と壁をつけ、内装を施して初めて人が住める家になります。その工程を一つでも飛ばすことはないですよね。
そうやっていたら予定は大幅に遅れ、やっと「数ⅢC」に入れたのが12月。その時点で他の教科も未修範囲が多く、1年目の1~3月にかけて受けた私大医学部の試験では、受験本番で初めて触れる内容も少なくありませんでした。ただ、試験を重ねるごとに理解が進み、3月に向かって成績が上がる手応えがありました。結果、この年に埼玉医科大学後期試験で特待生として合格。当初の2年計画は見直して29歳で医学部に入学することにしました。
――合格の知らせに、ご両親はなんと?
澤田 「長年の苦労がやっと報われた」と母はめちゃくちゃ喜んでいました。ここまで引っ張ってしまい、今となっては申し訳なさでいっぱいです。父はいつもの調子で「ああそうか。良かったな」の一言でした(笑)。
超一流は無理でも一流の医師になりたい
――現在は埼玉医科大学医学部耳鼻咽喉科で助教をされています。周りより10年遅れて医師になったことをどう感じていらっしゃいますか?
澤田 キャリア上のデメリットは当然あります。年齢的に僕がどう頑張っても登り詰められない高みは絶対にある。だからもう超一流にはなれないと思っています。どんな世界でもそうだと思いますが、幼い頃から鍛錬を続け、真っ直ぐに道を歩んできた人しか、超一流の域には到達できません。
だけど一流にはなれると思っているんです。野球でも、プロの選手になることだけが目指す道ではありません。指導者として後進を育てることも、立派な野球選手です。まだまだ道は長いですが、自分を磨き、後輩の育成に尽力し、医師として誰かの役に立つことで、自信を持って自分は医者ですと言えるようになりたいと思っています。
