深刻化する3つの赤字

 さらに日本の通貨を弱くしているのが、構造的な資金の流出です。

 第一に、対外直接投資※3の増加です。2025年のデータでは、日本の企業の海外投資は32.8兆円と過去最高を記録しました。驚くべきことに、円安になれば製造業が国内に戻ってくるというかつてのセオリーが通用しなくなっています。通貨のレベルに関わらず、企業は成長を求めて海外へ出て行ってしまう。その結果、貿易黒字は増えず、逆に赤字が定着しています。

 第二に、デジタル赤字※4です。私たちがYouTubeを見たり、海外のITサービスを利用したりするたびに、お金はアメリカを中心とした海外企業へ流れていきます。いまや生活のインフラとなっているこれらのサービスを、いまさら国産に切り替えるのは非常に困難です。サービス収支の赤字は、今後さらに拡大していくでしょう。

 そして第三に、エネルギーや食料品、医薬品の赤字です。これら生活必需品を輸入に頼っている日本にとって、円安は輸入価格の上昇を招き、さらなるインフレを引き起こすという悪循環を生んでいます。

金利を上げられない日本のジレンマ

 取り敢えず、短期的にでも円安を止めるには日本銀行がインフレ率並みに政策金利を上げればいいと思います。しかし、日本には金利を上げられないツケが溜まっています。それが巨額の政府債務と日銀当座預金です。

 日本の債務残高は過去30年で5倍に膨らみました。それでもこれまで利払い費が増えなかったのは、金利がゼロ近辺に張り付いていたからです。しかし、債務残高が膨張してしまった今、金利が少し上がってその水準を維持するだけで、政府の利払い費は毎年数兆円単位で跳ね上がります。10年国債金利が今後数年で2.5%程度まで上昇して、そのまま横這いで進むという控えめな想定でも、9年後には利払い費だけで消費税収がすべて消えてしまうほどの規模になります。

 また、日銀自身もジレンマを抱えています。金利を上げれば、日銀が銀行から預かっている当座預金への利払いも増えます。その結果、国庫に納付するお金が減り、実質的に財政を圧迫することになります。これは、これまで行ってきた量的緩和政策※5のツケです。日本は金利を上げたくても上げられないという袋小路に迷い込んでいるのです。

イラスト・城井文平

介入は鏡の角度を変えるだけに過ぎない

 政府・日銀による為替介入が行われることがあります。自分が実行する身にいたので分かるのですが、私は介入の効果に懐疑的です。為替レートというのは、その国の経済の実態(ファンダメンタルズ)を映し出す鏡のようなものです。

 自分の姿が鏡に映っていて、それが気に入らないからといって鏡の角度を調整しても、自分の姿そのものが変わるわけではありませんよね。介入はまさにそれと同じです。一時的にレートを動かせたとしても、実質金利のマイナスや構造的な赤字といった実体が変わらなければ、結局は元の円安トレンドに戻ってしまいます。

 時折、介入で時間を稼いでいる間に必要な対応を行うということを言う人もいます。日本では90年代から介入は時間稼ぎだと言われ続けてきました。しかし、その稼いだ時間の間に日本は構造改革を行わなかった。何も変えずにただ時間を稼いでも、意味がありません。

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※1実質金利…見かけ上の金利(名目金利)から、物価上昇率を差し引いた本当の金利のこと。例えば金利が1%でも物価が2%上がれば、実質金利はマイナス1%となり、預けたお金の価値は減ることになる。投資や消費を判断する際の、真のコストを示す指標。

※2購買力平価…「同じ商品は、どこの国でも同じ価格になるはずだ」という考えに基づき、為替レートを説明する理論。例えば同じ商品が日本で150円、米国で1ドルなら、1ドル=150円が妥当なレートだと考える。物価から通貨の強さを測る尺度。

※3対外直接投資…企業が海外で工場を建てたり、現地の会社を買収したりすること。単に株を売買するのとは異なり、現地の経営に深く関わる。市場の拡大やコスト削減が目的だが、行き過ぎると国内の産業が空洞化する原因にもなり得る。

※4デジタル赤字…海外のIT企業が提供するサービスへの支払いが、日本が海外から得る収益を上回る状態。GAFAMなどの利用料として日本から巨額の資金が流出しており、これが近年の恒常的な円安の一因にもなっている。

※5量的緩和政策…中央銀行が市場にお金を大量に供給し、景気を下支えする政策。金利をゼロにしても効果が足りない場合に、国債などを買い取ることで世の中にお金を流し出す。デフレ脱却や経済の活性化を目的とした強力な金融手段である。

次の記事に続く 「住宅ローンは変動にしたほうがいいのか、それとも固定がよいでしょうか?」元日銀マンが教えたい“判断基準”とは