2020年9月12日、関西将棋会館。三段リーグ5期目の伊藤は、この日の連勝で14勝2敗となった。競争相手に星2つ以上の差をつけて、最終日を待たずに四段昇段を決めた。携帯電話を荷物と一緒にホテルのフロントに預けていたので、受け取りに戻ると師に連絡を入れる。
「2連勝することができました」
電話の向こうから驚いている様子が伝わってきた。師は、この日に昇段を決めるとは思っていなかったらしい。翌10月に誕生日を控えた伊藤はこのとき17歳で、同学年の藤井聡太よりも3ヵ月若く、約4年ぶりに最年少棋士が交代した。そして宮田門下からは斎藤明日斗、本田奎に続き、3人目のプロ入りとなった。
伊藤匠の回想 藤井聡太の背中を追って
帰りの新幹線での記憶はあまりない。普段から大阪での三段リーグのあとは、何もせずにシートに身を埋めている。束の間だが、張り詰めた心が解放された。この日もボーッとした気分だった。
品川駅の改札の向こうに父の姿があった。目が微笑みかけてくる。
「おめでとう。よかったな」
父はその言葉を自分にかけたくて、待っていてくれたのだろう。この日行われたリーグ戦で連勝し、四段昇段が決まったことを電話で伝えてあった。
5歳のクリスマスに、将棋の盤と駒をもらった。父はルールを知っている程度だったが、丁寧に教えてくれた。覚えて3ヵ月した頃から、三軒茶屋将棋倶楽部に通うようになる。
宮田先生は自分と同じくらいの年の子たちを、六枚落ちで同時に何人も相手にしていた。私はすぐに夢中になり、幼稚園が終わると、ほぼ毎日通った。
明日斗さんは4歳上で、奨励会に入ってから急激に強くなり、引き離されてしまった感じだった。倶楽部の忘年会のときに、父が「明日斗君に角落ちで教えてもらいなよ」と言った。自分が小学4年生だったと思う。子ども心にもプライドがある。角落ちの手合いは嫌だったけれども、父がけしかけるので指すことになった。負かされたのは衝撃だった。今も忘れない。父も、本当は僕が負けるとは思っていなかったんじゃないかな。
小学5年で奨励会に入会してから、藤井さんのことは意識していた。同い年だけど1年入会が早く、常に先をいかれていたから。藤井さんがプロになってからの4年間はとても長かった。これまでで一番将棋と向き合い、苦しかった時間かもしれない。
三段リーグの3、4期目では、途中で連敗して昇段が絶望的になった。いつになったら棋士になれるんだろうと思った。
昇段が決まったときは、正直ホッとした。不安から解放されたのもあるけれど、早く棋士になれないとプロとしての期待値が下がっていくから。
明日斗さん、本田さんが棋士になられて、一門としていい流れだったと思う。二人との研究会は、自分が三段のときから今も続いている。
写真=野澤亘伸
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