ナンバー2が証言「社員に筋トレを義務付けて…」
30歳の時、後にライバルとなる𠮷野家に入社するが、4年後には部下3人と独立した。「全勝」にかけて社名はゼンショー。発足当初は弁当店だった。
「事務所の2階にあったアパートに住む日雇い労働者によく食材を盗まれていた。それでも小川さんは、『フード業世界一を目指す』と宣言したのです」
そう語るのは創業メンバーの一人で、ナンバー2だった織岡陽一郎元常務だ。
「事務所ではミット打ちで体を鍛え、ガタイの良い労働者を腕相撲で次々となぎ倒した。ベンチプレスは最高で135キロ。社員にも筋トレを義務付けるので、私も同じ重さを上げられるように(笑)」(同前)
不器用な面もあり、酒は飲むが接待は苦手。カラオケで妻が好むザ・ブルーハーツの「リンダ リンダ」を練習するも上達しなかった。
「絵画も愛し、自分で描いた作品を社長室に飾っていました。学生時代は展覧会に出品したことも」(同前)
「ココス」や「ロッテリア」などを買収…国内外食トップに
1982年11月に1号店がオープンしたすき家は、「歩く時は1秒に2歩以上」など、小川氏が掲げるモーレツ経営で急成長を遂げた。2000年代にはM&Aに力を入れ「ココス」や「ロッテリア」などを買収。11年に売上高で日本マクドナルドを抜き、国内外食トップに。昨年3月期に日本の外食産業で初めて1兆円企業となった。フォーブスの「日本長者番付2025」によれば個人資産は5660億円だ。
「若い頃は政治家の秘書もやっていた」(前出・同級生)という小川氏。経営の傍ら、「国民生活産業・消費者団体連合会」(生団連)の会長として、積極的な政策提言も行ってきた。交流のある国民民主党の玉木雄一郎代表が語る。
「スケールの大きい人で、途上国の生産者と直接取引を行うフェアトレードを推進するなど世界的な課題にも取り組んでいました。日本の国家財政への提言もされ、まるで選挙演説を聞いているようだった。ただ、政治家には厳しく、決して権力に溺れませんでした」
弟分の織岡氏は「早く生まれ変わって日本のために働いてほしい」と悼む。だが、「また一緒に働きたい?」と尋ねると「それはしんどいかも」と笑うのだった。

