「終末論的な歴史観」の起源
会田 そもそも今日の世界において、キリスト教はいかなる意味をもっているとお考えですか。
ティール キリスト教やユダヤ教には、「不可逆な一度きりの世界史」という視点があります。旧約聖書のダニエル書の預言者ダニエルは、ある意味で「最初の歴史家」です。彼によれば、四つの帝国が順に現れ、ローマ帝国が最終的な帝国として世界史に登場します。一度きりの世界史的次元がそこにある。さらに聖書が記している「黙示録」の側面もあります。だから、私たちが常に考えるべきなのは、今の時代の「特異性」と「独自性」です。
「事態は常に、良くなると同時に悪くもなっている」と語ったのは、20世紀前半を代表する新トマス主義者だったジャック・マリタンでした。「20世紀は19世紀よりも偉大であると同時に、より恐ろしい時代だった」というような捉え方です。つまり、歴史にはある種の「歴史的次元」が存在し、永遠の循環ではない。
そこで私はこう考えます。もし21世紀が20世紀よりもはるかに恐ろしい時代になったら、おそらく20世紀以上に偉大な時代にはなり得ないだろう、と。つまり、物事が良くなると同時に悪くなっていくなかで、どこかの時点で「終わり」を迎える可能性がある。これこそが私が重視する「歴史的次元」です。
キリスト教には「終末論的な歴史観」が常に存在していましたが、近年は軽視され、あまり語られなくなってしまいました。カトリックの伝統では、アドヴェントと呼ばれるクリスマス直前の四つの日曜日に、教会で「世界の終わり」について説くのが習慣でした。1年の終わりを迎えるこの時期に、「もしかしたら今年が世界の終わりかもしれない」「収穫の秋は訪れないかもしれない、さらには春の来ない冬になってしまうかもしれない」「いずれクリスマスも来なくなるかもしれない」「いかなる『再生』もなくなってしまうかもしれない」という説教がおこなわれていたのです。
※本記事の全文(約11500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年5月号に掲載されています(エマニュエル・トッド×ピーター・ティール「世界は終末を迎えているのか〈東京極秘対談〉」)。全文では、以下の内容について詳しく語られています。
・“統計学的例外”としてのティール氏
・イラン攻撃は「目くらまし(陽動作戦)」
・全体を俯瞰するトッド歴史学 ・『ワンピース』が描く“怖さ”とニヒリズム
出典元
【文藝春秋 目次】東京極秘対談 ティール×トッド 世界は終末を迎えているのか/池上彰×佐藤優 “暴れ獅子”トランプと“女豹”高市の生きるか死ぬか/官邸官僚の第二の人生
2026年5月号
2026年4月10日 発売
1300円(税込)
