――ご家族にも頼れない中、どのように立ち直ったのでしょうか。

ゆしん たまたま年上のお姉さんに「ニューヨークに行こう」と誘っていただき、全財産を持って行ったんです。もともとミュージカルは好きでしたが、その世界のレベルの高さに大きな衝撃を受けました。

 海外に行くと人生が変わると言いますが、本当にその通りで、「日本に帰って借金を返して、生き直そう!」と思い直しました。その後は、昼は事務の仕事、夜は銀座のバーで働くダブルワークを続け、約2年で借金をすべて返しました。ちょうどロンドンハーツに出演する前の21歳の頃ですね。

ADVERTISEMENT

親戚の大きな借金も「億じゃないから大丈夫!」

――借金を完済されたあとは、芸能界で売れて順風満帆な人生が……。

ゆしん 実は、その後にもう一度しんどい時期がありました。仕事も人間関係もうまくいかないタイミングで、親戚に多額の借金があることが分かり、母から「どうしたらいい?」と相談を受けたんです。

 弁護士に相談したところ、「一度でも支払いをしてしまうと、そこから返済義務が発生する」と言われて。すでに母が少額を支払ってしまっていて、返済を続けなければならない状況になっていました。もし母が払えなくなれば、長男である自分にその負担が回ってくる。金額は2800万円でした。

 正直もう気持ちが折れてしまって、分割でもいいと言われていたものの、「もういい、一括で返そう」と決めて、仕事で貯めた貯金をすべて崩して支払いました。

――それは、とても辛い出来事でしたね……。

ゆしん でも、そのあと「何のためにこのお金を貯めてきたんだろう」と思ってしまって。自分のためではないことで一気にお金がなくなり、気持ちが追いつかなくなって、引きこもるようになってしまいました。

 そんなとき、お姉ちゃんみたいな存在の伊藤ゆみちゃんが心配して家に来てくれて。「開けなさい!」と何度もインターホンを鳴らしてくれたんです。散らかっていた部屋も片付けてくれて、話を聞いて、一緒に泣いてくれました。

 そのとき、2800万円の借金の書類を見て、「億じゃないから大丈夫!」と言ってくれて。その一言で、「そっか、億じゃないやん」と、笑いながら泣いて。「また稼げばいいか」と思えるようになりました。

 若い頃の借金はまだ何とかなる部分もありますが、大人になってからの借金は本当にきついものです。あのとき、ゆみちゃんが来てくれなかったら、本当に危なかったと思います。

©釜谷洋史/文藝春秋

――学生時代の経験も含めて、そうした出来事は今の考え方にどう影響していますか。

ゆしん やはり「人を大切にしたい」という気持ちは、より強くなりました。17歳で家を出たときに、「ここから先はもう親の責任じゃないから」と言われていたので、自分で背負っていく覚悟はありました。

 その分、たくさんの人に助けられてきたからこそ、周りの人への感謝の気持ちはずっとあります。それが今の自分の考え方のベースになっています。

次の記事に続く 初めて男性を好きになったとき「女性の身体だったらよかったな」と…“可愛すぎるオネエ”としてブレイクしたゆしんが明かす、自身のジェンダーと性のこと

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。