配信の文法を知り尽くす

 いま、配信ドラマを手掛ける制作会社が韓国に何社くらいあるか、ご存じですか? ソウルだけで150社以上あると言われています。そうした会社同士が激しい競争を繰り広げていますから、必然的にそのレベルもどんどん上がっていきます。一方、日本国内はどうかというと、配信向けドラマを製作する会社は2026年の時点で20社程度でしょうか。

 ソウルにある150社は、グリーンライトを灯すまでのプロセスや脚本のつくり方、編集術など、この本で紹介してきたハリウッド流の「届かせる技術」に精通しています。

 韓国のクリエイターたちは配信の文法が確立された北米で勉強することが多いため、アメリカの学校でそうした仕組みを学び、母国に持ち帰っています。前述したストーリー・アークや刺激を入れるポイントなども、当然、基本として若いころから叩き込まれている。そんな彼らが現場に入って圧倒的に多い制作本数によって鍛えられ、その技術にさらに磨きがかかっていくのです。

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 もしも、東京がソウルに匹敵するような「プロダクション・シティー」になったらどうなるか? 情報発信基地として世界に大変な影響力を与えるはずです。私はこれが決して夢だとは思っていません。なぜなら、日本は伝統的に世界有数の物語大国であり、いま第一線で働いているプロデューサーの方々の頭のなかには、たくさんの物語がうごめいているからです。それを形にできる仕組みを早くつくり、日本の基幹産業として成長して欲しい。それが私の夢であり、日本なら実現できると信じています。

著者の早川敬之氏

政治にエンタメ軸を通す

 ただし、日本が韓国にキャッチアップするためには、埋めなければならない差もたくさんあります。人材面や技術面の他に、わかりやすい例として韓国に大きく水を空けられている分野が「政治エンターテインメント」です。

 韓国では2010年代半ばからポリティカル・エンターテインメントにおいてイノベーションが起きました。とにかく、韓国戦後史を扱った作品が大ヒットしてきたのです。

 その一部をご紹介します。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)
『1987、ある闘いの真実』(2018)
『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018)
『KCIA 南山の部長たち』(2020)
『ソウルの春』(2023)
『大統領暗殺裁判 16日間の真実』(2024)

 このような韓国映画を見ることで、戦後韓国史をたどることさえ出来てしまうのです。視点も様々で、政治家の立場から、あるいは『タクシー運転手』のように市民の視点から描く手法もあります。

 なぜ、これだけ続けて政治エンタメ作品が作られているかというと、当たり前のことながら、面白いし、ヒットするからです。ではなぜ、面白いか。それは、韓国のエンタメ界では「タブーとされる物語にエンタメの軸を通す」ことに躊躇いがないからです。

 日本でも難しいテーマを扱ったドラマが制作され、ネットフリックスで配信されたことがあります。『THE DAYS』という東日本大震災の福島第一原発の現場を描いた作品がそうです。しかしこの作品は韓国のポリティカル・サスペンスとは建付けが違っていて、ドキュメンタリー的な手法に基づき、事実に間違いがないように丁寧に作られていました。配信ドラマであっても、日本の場合はファクト重視、間違いがあってはならないことが優先されます。それがあの震災への向き合い方なのかもしれません。

 一方、韓国は歴史に対して大胆です。史実を基にして想像の翼を広げ、エンタメ軸を入れることに衒いがありません。とにかくパワーで押しきり、結果として大成功を収めています。

 たとえば『KCIA 南山の部長たち』と『ソウルの春』。この2作品はこの順番で見るとストーリーがつながるのですが、1979年に起きた朴正熙大統領暗殺事件を扱っています。大統領の側近だったKCIAの部長による暗殺事件で、合同捜査本部長として指揮を執ったのが全斗煥。ここまでは史実です。そこに脚色を施し、エンターテインメントに仕立て上げています。『KCIA 南山の部長たち』では、朴大統領暗殺の現場も生々しく描かれていて、バイオレンス全開です。

 後に大統領にまで上り詰めた全斗煥は、明確な悪役として描かれる存在です。日本でこれを題材にしようとしても、あまりに生々しく、まず手を出せないでしょう。関係者の多くが、いまも存命ですからね。しかし日本でも、現代史をエンターテインメントとして描けば、十分に成立し、ヒットする可能性は高いはずです。なぜなら、出来事が人々の記憶に鮮明に残っているからです。一定のフィクションを織り込んだ現代史は、強い緊張感と興味をもって受け止められる。実際、見てみたいと思いませんか? あの事件や、あるいは、もう少し前のあの事件をドラマ化した作品を。

早川 敬之(はやかわ たかゆき)

1971年、宮城県生まれ。早稲田大学卒業後、94年、NHKに入局。ETV特集やNHKスペシャルなど主にドキュメンタリー制作に携わる。2010年、フジテレビに入社。編成部副部長などを務め、Netflix、Alibaba、Google等の海外配信事業者向けにオリジナル連続ドラマ・アニメ等を製作。21年からAmazon Prime Video日本オリジナルコンテンツ製作責任者として、『沈黙の艦隊』『バチェラー・ジャパン』『Broken Rage』等、数々のヒット作に関わる。24年に独立。現在は早川敬之企画製作事務所主宰、東北芸術工科大学映像学科教授を務めながら、世界配信作品をプロデュース。シカゴ大学経営大学院MBA、シンガポール国立大学公共政策大学院MPAでもある。

次の記事に続く 「過去20年で最悪の不況」「1000万人動員の映画がゼロ」なぜ、韓国の映画界は深刻な危機的状況に陥ったのか!?