弟の久慶に質すと、
「ミス渋谷は商店会のやつ。新聞に出た。ミス渋谷になったのは事実だよ。私自身が高校生だったから、どういうものだったか覚えていないけど。
姉が高校を中退したのは勉強が嫌いだったから。生活に困ったからじゃない。店を持てたのはスポンサーがいたからです。お袋のスポンサーが3人くらいいた。といっても嫌らしい関係じゃない。兄弟姉妹に共通のスポンサーがいたんです」
だが、細木数子自身は『ポニー』の開店資金37万円(現在の約200万円に相当)は自分で貯めたカネという。わずか17歳の小娘がどこで何をして貯めたというのか。
当時、巡査の初任給はわずか7800円、月給1万円に届くのはようやく1960(昭和35)年のことである。
実兄から「パン助」呼ばわり
細木数子は、さすがに男女の駆け引きでは歴戦の勇士である。色恋沙汰は彼女がもっとも得意とするテーマらしく、きわめて実用的かつ現実主義的な教訓を垂れている。
2006年5月2日オンエアの『ズバリ言うわよ!』でも、素人のパネラーが「結婚できる人じゃないと、好きにならない」と発言すると、すかさずこう教えた。
「結婚する相手とじゃないとつき合えないなんて女は男が引いてしまう。上手にたくさんの人とつき合いなさい。いろんなコミュニケーションをして、いろんな目を見たほうがいいと思う」
「いろんな目」にはどういう「目」が含まれているのか気になるところだが、こうした言葉が彼女の数々の体験から発せられていることはまちがいないと見られる。
細木がわずか17歳で、喫茶店の開店資金37万円をどう貯めたか、大いに疑問である。実はそれと「いろんな目」は大いに関係がありそうなのだ。
