「なるべく明るく振る舞うように」

 ただ、木村が努めて明るく振る舞ったのは、夫のためばかりでなく、子供たちを慮ってのものだろうと想像される。それというのも彼女は、それ以前のインタビューで《うちでは大事な決断は必ず主人がしています。それでも子どもって敏感で、お母さんが疲れたり寂しそうにしていると不安になっちゃいますよね。私の母もひょうきんな人ですが、お母さんがいつもニコニコしていて家庭が明るかったから、私もなるべく明るく振る舞うようにしています》と語っていたからだ(「女性自身」ウェブ版2017年1月19日配信)。

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 子育てについて語る機会も多い木村だが、彼女には子供たちにずっと願っていることがある。それは「人を差別しない子に育ってほしい」ということだ。彼女自身、子供のころに海外でも長らく暮らすなかで、父親から「人種差別をしてはいけない」「人を見た目で差別してはいけない」と言われ続けてきた。同じことは大好きだった明治生まれの祖母からも強く教えられたという。祖母は祖父の仕事の関係で、戦前と戦後のしばらくをニューヨークで暮らした経験があった。戦争を挟んだ時代にアメリカで暮らしただけに、色々な思いをしただろうと木村は想像している(『婦人画報』2011年6月号)。

生涯、職業欄に女優と書ける人へ

 木村は若い頃よりエンターテインメントの持つ社会的役割や可能性を考えてきたが、そこにはこうした家族の教えも影響しているのだろう。40代に入ってからは、《歳を重ねると、子どもに関する心配や、親の介護などの悩みが出てきますよね。そんな女性が抱えている問題に寄り添う作品に関われたらいいな、と考えるようになりました。それが女優という仕事の醍醐味だと思っています》と語っている(『婦人公論』前掲号)。

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2015年、東京でハリー・ウィンストンの旗艦店改装オープンのイベントで ©時事通信社

 昔から「若いね」と言われるのが好きではなく、早く成熟した女性になりたいと思っていたという木村は、いい感じに年齢を重ね、役の幅も広がった。デビューにあたって立てた「生涯、職業欄に女優と書ける人になりたい」との志のとおり、彼女にとって俳優はまさに一生ものの仕事になりつつあるようだ。

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