明仁天皇は、この羽毛田長官による「苦言」の1年以上前の2006(平成18)年末、自らの誕生日に際した記者会見で、愛子内親王と会うことが少ないことを「残念」「いずれは会う機会も増えて、うち解けて話をするようになることを楽しみにしています」と発言していた。
皇太子は、それに応じるかたちで、約2ヵ月後の記者会見に臨み、「お会いする機会を作っていきたい」と話した。
長官の「苦言」は、この皇太子発言の「約束不履行」をなじるかたちでなされ、天皇夫妻の心情を推察して「ご自身が発言されたことを大切になさってほしい」とまで述べた。
また、皇太子とすでに複数回話し、「努力したい」との返答があったことも明かした。両親に会いに行く頻度について、皇太子が宮内庁長官からたびたび「申し出」を受けていたというわけである。
苦言の主に直撃したところ⋯
令和の世に生きる現在の読者は、この経緯を聞いてどう思うだろうか。皇族に仕える立場の宮内庁の長官が、天皇の意を自ら推測して公にしたり、皇太子の非をなじったりする行動をするのは、私には信じられなかったし、今思い出しても異様なことだったように思う。
だが、当時の「空気感」は今とはまったく違っていて、皇太子夫妻が「批判」されることに、世間は慣れてしまっていた。だから、この長官の行動は「唐突」ではあったが、あまり「意外な」ことでもなかった。
定例会見が終わった直後、私はアポを取って一人で長官室に戻り、羽毛田氏に念を押した。
