「宮内庁長官の発言は、本当に“そのまま”受け取っていいのか」。

 異例の苦言の裏側を探るべく、記者は宮内庁幹部に直撃する。だがそこで浮かび上がったのは、皇室の「家族」と「公」をめぐる深い溝と、内部から噴き出した強烈な反発だった。

 天皇家を覆っていた平成という時代特有の“空気”を、ジャーナリスト・大木賢一氏の著書『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」』(講談社)より一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

ADVERTISEMENT

皇太子時代の徳仁天皇 ©getty

◆◆◆

宮内庁長官の真意

 定例会見が終わった直後、私はアポを取って一人で長官室に戻り、羽毛田氏に念を押した。

「いま記者室で記事を書き始めて思ったのですが、さきほどの発言は、どう考えても『宮内庁長官が皇太子に苦言』という見出しになってしまいますよ。それ以外の表現はどうしても考えられない。長官はそれでもいいんですか」

 羽毛田氏は「まあ、仕方ないですね」と言って、静かに笑うだけだった。

 その様子を見て私は、ああ、この人はもとから覚悟しているんだな、と思った。ということは、この発言はあらかじめ天皇、皇后の了解を取ってのことであり、長官が自分の一存で「拝察」の内容を話したかのような見せかけは真実ではないのだろう、と確信した。

「両陛下も心配しておられる」というのも、何を心配しているのかよく分からない不思議な表現で、むしろ「両陛下も不満である」と言った方が、よほどすっきりする。

 わざわざ不自然な言い回しをしたところにも、天皇夫妻の本心を穏便な言葉で包もうとする意図が感じられ、かえって発言の真の発案者が誰なのかを物語っているように感じられた。どちらにせよ、この「苦言」の中に明仁天皇夫妻の意思も含まれていることに疑いはなさそうだった。