のちに反省する可愛さ
80年代に関連書籍を出版してベストセラーとなり、「有名占い師」と呼ばれるように。しかし、母はこの呼称をとても嫌がっており、名刺には「心相学研究者」と明記していました。“占い”は万人に親しみやすい入口なだけであり、根幹にある人間学を追求していた。「当たる、当たらないより心がけが大事」と相談相手に説いていたほどです。
実母の姉にあたり、「ばぁば」と慕っていた母の仕事を、小さい頃はわかっていませんでした。最もよくない運気の流れとされる時期に「大殺界だから気を付けなさい」と言われてもピンとこなかった私を、時に強引にいい方向へと導いてくれました。
最も驚かされたのが結婚です。私が中学生だった頃、母の鑑定を受けていたご夫婦に大学生の息子がおり、「この人と結婚しなさい」と言う。数年後、その息子が当時の交際相手との関係で悩み、母の下へ相談に来た。すると「その女性とは別れて、かおりに電話しなさい」と、勝手に私の番号を伝えたのです。母の言う通り電話をしてきた彼に興味が湧き、交際から結婚へと至ったわけです。これが六星占術による運命なのかは聞かされませんでしたが、まともな結婚生活を送れなかった母の、「幸せな家庭を築いてほしい」という愛情の表れだと思っています。
2000年代に入りテレビ出演が増えた母は、「占いブーム」の火付け役とも言われました。
「地獄に落ちるわよ!」
ズバリと物申す母は人気を博しましたが、個人鑑定でも伝えるべきことははっきり伝える。これが母のスタンスでした。「占いとは簡単に人の人生を左右できるものだから、あれくらい言わなきゃ相手には伝わらないのよ」。とはいうものの、「ちょっと言い過ぎたかしら」と、のちに反省する可愛さもありました。
※この続きでは、細木数子の遺言をかおり氏が振り返っています。全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(細木かおり「細木数子 言い過ぎたかしら」)。

