ゴミ屋敷で生まれ育ち、「腐ったパン」を食べるなどの極貧生活
――ホームページで過酷な少年時代や起業の背景をつづられています。幼少期は、どのような生活をされていたのですか?
黒主 僕は、ギャンブル依存症を患う両親の下に生まれました。父は個人事業主で網戸の張り替えを営んでいましたが、エアコンの普及で収入が激減してしまって。加えて、稼ぎを全てギャンブルに使ってしまうので、僕が4歳の頃には借金が1000万円近くに膨らんでいたそうです。母には精神的な病もあり、子育てが手に負えない状況でした。
当時、父と母と3人で住んでいたアパートの部屋は、荒れ放題でゴミ屋敷状態。僕自身は覚えていませんが、両親が見ていない間に腐ったパンを食べていたこともあったと祖母から聞きました。両親がパチンコ店にいる間に1人で店の外に出て、車にひかれたこともあります。
――いわゆる「ネグレクト」ですよね。
黒主 生活はとても厳しく、子どもが安全に暮らせる状態ではなかったですね。両親に連れられてパチンコ店に行き、併設されたゲームセンターをうろうろしながら帰るのを待っていました。警察に声をかけられることも度々あって、両親は注意を受けていたようです。
ただ、暴力や暴言などは一切なく、むしろ父はたくさん褒めてくれたし、甘やかされていた記憶があります。
――4歳から12歳までは、児童養護施設で暮らしていたんですよね。そこで壮絶な体験をされたと。
黒主 僕たち家族の状況を見かねた叔母が、「このままでは厳太が危ない」と僕を施設に預けたんです。ただ、その施設は、これまで以上に厳しい環境でした。
僕のように家庭が貧しい子をはじめ、両親がいない子、非行歴があり鑑別所を経て入ってきた子、精神的に不安定な子など、さまざまな背景を持つ子どもが集まっていたため、いじめや暴力が日常的だったんです。
今でも忘れられないのは、同じ部屋になった中学生男子2人から性虐待を受けたことです。
――……どんな内容だったのか、聞いても良いですか。
